ガブリエル・ヴェール

初期の映画および写真芸術の発展期において、世界各地で活動を展開したフランス人技師、ガブリエル・ヴェール（Gabriel Veyre, 1871-1936）。彼はリュミエール兄弟が開発したシネマトグラフの専門家として、後にモロッコ国王の専属写真家としても知られることになります。1871年 2月1日にフランスのイゼール県で生まれたヴェールは、まずリヨン大学で薬学を専攻し、1896年に資格を取得しました。しかし、彼の人生の舞台は大きく転換します。

世界を巡る撮影旅行

薬剤師となったヴェールは、その年に初期映画のパイオニアであるリュミエール兄弟のもとに身を置き、シネマトグラフの撮影技師としての道を歩み始めました。彼は兄弟から依頼を受け、二度にわたる大規模な海外派遣旅行に旅立ちます。最初の旅は1896年から1897年にかけて行われ、彼はラテンアメリカ地域へ向かいました。この旅で、ヴェールはメキシコを主軸に、キューバ、コロンビア、ベネズエラ、パナマといった国々を訪れ、その地の風景や人々の営みをシネマトグラフで精力的に記録しました。これらの映像は、ヨーロッパに初めて遠い異国の動く光景をもたらす貴重な資料となりました。

1898年には二度目の旅が始まりました。この時はまず北米のカナダを訪れ、『Danse indienne』（インディアンの踊り）という作品を制作しました。その後、大西洋を越えてアジアへと渡り、日本、中国、そしてインドシナを巡りました。特にインドシナでの撮影活動は特筆されます。彼が当地で捉えた映像や写真は、1900年にパリで開催された万国博覧会において重要な役割を果たしました。博覧会内に設けられた「クメール洞窟」というインドシナ・パビリオンの一部で、彼の写真をもとに現地の様子が再現され、多くの来場者の注目を集めたのです。

モロッコでの多彩な活動

ヴェールのキャリアは、1901年以降、モロッコで新たな展開を迎えます。彼は当時若きスルタンであったムーレイ・アブド・エル・アジズに招かれ、1907年まで宮廷の専属写真家および映画製作者として仕えました。この時期、彼は単に記録を残すだけでなく、写真技術の革新にも貢献しています。ヴェールは初めてオートクロームと呼ばれる初期のカラー写真技術を用いて撮影を行い、モロッコの色彩豊かな光景を捉えました。また、当時の有力な絵入り新聞『イリュストラシオン』紙の通信員としても活動し、現地の様子をヨーロッパに伝えました。1905年には、スルタンとの親密な関係を描いた著作『Dans l'intimité du sultan: au Maroc』（スルタンとの親密な時：モロッコにて）を出版するなど、文筆家としても才能を発揮しました。

スルタンのもとを離れた後、ヴェールはモロッコの主要都市カサブランカに移り住み、活動の幅を大きく広げました。彼はダル・ブアッザという地にスルタンから提供された土地を得て、様々な農作物の試験栽培を行う実験農場を開設しました。さらに、いくつかの工場を設立して実業家としても成功を収め、驚くべきことにモロッコへ初めて自動車を輸入した人物としても知られています。科学技術への関心は生涯を通じて衰えることなく、晩年の1934年から1935年には、再びモロッコをテーマにオートクローム写真によるルポルタージュを制作。この成果として、500点以上のカラー写真と、16mmカラーフィルムによるドキュメンタリー映像が残されています。

私生活と後世への影響

私生活では、1901年にリュミエール兄弟の同僚であったシネマトグラフ技師コンスタン・ジレルの妹あるいは姉にあたる女性と結婚し、ベルトという一人娘をもうけています。

ガブリエル・ヴェールの残した足跡は、後世のクリエイターにも影響を与えています。日本の映画監督である吉田喜重は、1995年の短編ドキュメンタリー『夢のシネマ東京の夢/明治の日本を映像に記録したエトランジェガブリエル・ヴェール』の中で、ヴェールが日本を含むアジアで撮影した映像を分析・検討しており、初期の映像が持つ価値を再認識させています。

1936年 1月13日に死去したガブリエル・ヴェールは、単なる記録者にとどまらず、初期の映画・写真技術を世界各地に広め、新たな文化交流を生み出したパイオニアとして、またモロッコにおける近代化の一端を担った実業家として、多岐にわたる功績を残しました。彼の撮影した映像や写真は、今日でも当時の世界を知る貴重な一次資料となっています。

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