ガラスの林檎/SWEET MEMORIES

『ガラスの林檎／SWEET MEMORIES』

松田聖子の通算14枚目のシングルとして、1983年8月1日にリリースされた作品です。当初は「ガラスの林檎」がA面として発売されましたが、後にカップリング曲の「SWEET MEMORIES」が大きな反響を呼び、両A面シングルとして再発売されるという、異例の経緯を辿った作品として知られています。規格品番は当初EP盤の07SH 1366で、その後、8cmCDや紙ジャケット仕様の12cmCDとしても復刻されています。

制作背景と「ガラスの林檎」

A面の「ガラスの林檎」は、当時のプロデューサーである若松宗雄氏ら制作陣が、松田聖子氏に日本レコード大賞をもたらすべく、満を持して送り出した楽曲です。作詞は松本隆氏、作曲は細野晴臣氏、そして編曲は大村雅朗氏という、当時のJ-POPシーンにおける最高の布陣が揃えられました。リリース時期も賞レースの対象となるよう8月に設定されました。しかし、結果的にこの曲で日本レコード大賞の金賞は受賞したものの、目標であった大賞には手が届きませんでした。その背景には、それまでの松田聖子氏のイメージとは一線を画す「ガラスの林檎」の世界観が一部で受け入れられにくかったこと、当初「SWEET MEMORIES」がヒットするまでセールスが伸び悩んだこと、そして後に大ヒットとなる「SWEET MEMORIES」の陰に隠れてしまったことなどが理由として挙げられています。また、当時同じ事務所に所属していた都はるみ氏の活躍に事務所の力が分散したことも影響したと言われています。この作品を最後に、松田聖子氏は日本の主要な賞レースから距離を置くことになります。

一方で、「ガラスの林檎」は同年の『第9回あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭』でゴールデングランプリを受賞するなど、他の音楽賞では高い評価を得ています。これは前年の『第11回FNS歌謡祭』で「野ばらのエチュード」がグランプリを獲得して以来、2度目の大賞クラスの受賞でした。

「ガラスの林檎」の制作においては、作曲の細野晴臣氏はディレクターからサイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」のような楽曲を依頼されたと語っています。作詞の松本隆氏は、この曲を含む同年に提供した一連の楽曲について、「ある種の宗教的な世界や至高のものをテーマにした」とし、「花園や天国、林檎といったモチーフは、性的でありながら同時に聖なるものだと感じている」と述べています。松本氏と細野氏の共作では通常は詞が先に作られるスタイルでしたが、この曲ではマンネリを避けるため細野氏が曲先を提案。しかし制作は難航し、最終的には松本氏がスタジオの廊下で急遽詞を書き上げたという逸話が残されています。歌番組でのパフォーマンスでは、当初あったイントロやAメロの振り付けが次第に簡略化されていきました。

異例のヒットとなった「SWEET MEMORIES」

カップリングの「SWEET MEMORIES」は、それまで主にアルバム曲の作曲や多くの楽曲の編曲を手掛けてきた大村雅朗氏が、初めてシングルの作曲を担当した楽曲です。リリース当初からファンの間では隠れた名曲として評価が高かったものの、世間的な認知度は高くありませんでした。

しかし、この状況を一変させたのが、サントリーCANビールのCMソングに起用されたことでした。ペンギンのキャラクターが登場するアニメーションCMは大きな話題を呼び、バックに流れる「SWEET MEMORIES」にも注目が集まります。放送開始当初は歌手名がクレジットされていなかったため、「あの歌を歌っているのは誰だ？」と憶測を呼びました。それまでの松田聖子氏の明るいアイドルイメージとは異なる、ジャズ風の落ち着いた歌唱だったため、熱心なファン以外には聖子氏の歌だと気付かれないほどでした。中には、別のレコード会社から「あの新人歌手と契約したい」という問い合わせがあったほどです。後にCMに「唄／松田聖子」とクレジットが追加されると、爆発的な人気に火がつき、急遽「ガラスの林檎」との両A面シングルとして再発売されることになりました。

「SWEET MEMORIES」は、B面曲でありながら予想を遥かに超える人気を獲得し、松田聖子氏自身もお気に入りの曲として挙げる機会が多く、コンサートやディナーショーでも頻繁に披露される定番曲となりました。また、多くのアーティストによってカバーされており、世代を超えて愛されるスタンダードナンバーとなっています。

作曲の大村雅朗氏は、サビのメロディー完成後、作業が行き詰まりましたが、プロデューサーの若松宗雄氏と共にスタジオに篭り、わずか1時間ほどで楽曲を完成させたというエピソードがあります。作詞の松本隆氏は初めてデモテープを聴いた際、「完全にジャズだった」と印象を語っています。また松本氏は後年、松田聖子氏への作詞について「彼女の力量の2〜3歩先を行く歌を作るが、ほとんどの歌い手は対応できない。しかし彼女は見事に付いてくる」と述べた上で、「『SWEET MEMORIES』に関しては10歩くらい先を行っていたかもしれない。大村氏と『難しすぎたかな？』と話したが、彼女は見事に歌い上げた」と、その歌唱力を絶賛しています。

レコーディングは1983年6月26日、ソニー信濃町スタジオで行われました。独特な雰囲気を持つイントロは、シンセサイザー奏者の松武秀樹氏がヤマハDX7を使って制作したものです。松武氏は大村氏から「雪がシャーっという感じで、聴いてて気持ちいい音に」という抽象的な依頼を受け、「逆回転の音のような、少しヒヤッとする冬」をイメージして創造したと語っています。また、2番の前半部分には松田聖子氏の楽曲として初めて英語詞が導入されました。聖子氏は最初に楽曲を受け取った際、「こんなに大人っぽい歌を私が歌うんですか」と驚き、CMスポンサー સહિત多くの関係者が見守る中でのレコーディングに「緊張した」と振り返っています。この曲はその後、時代の変化に合わせて様々なリミックスや再録音バージョンが制作・発表されています。さらに、1996年には高等学校の音楽教科書に掲載されるなど、その音楽的価値も高く評価されています。

CMタイアップによるチャートアクションと記録

サントリーCANビールのCMタイアップは、「SWEET MEMORIES」の人気を不動のものとし、シングルのセールスに劇的な影響を与えました。「ガラスの林檎」としてリリース後、オリコンシングルチャートで初登場1位を獲得（1983年8月15日付）したものの、その後一度順位を下げていました。しかし、CMで繰り返しオンエアされる「SWEET MEMORIES」への反響が広がるにつれて、再びじわじわと順位を上げていきます。そして、両A面として新しいジャケットで再発売されると（10月20日発売）、10月31日付のオリコンチャートで、実に11週ぶりに1位に返り咲くという快挙を達成しました。

さらに特筆すべきは、翌週の11月7日付のチャートで、次作のシングル「瞳はダイアモンド／蒼いフォトグラフ」が初登場1位を獲得し、本作と合わせてシングルチャートの1位と2位を独占したことです。この2作品は、その後9週間にわたり同時にオリコンベスト10内にランクインし続けました。

最終的に、本作はオリコン集計で85.7万枚という驚異的な売上を記録しました。これは当時の松田聖子氏のシングルとしては、「あなたに逢いたくて〜Missing You〜／明日へと駆け出してゆこう」（1996年）に次ぐ歴代2位の売上であり、1980年代にリリースされたシングルの中では最大のヒットとなりました。CBS・ソニーの発表ではミリオンセラーを達成したとされています。

CM自体も社会現象となり、登場するペンギンのキャラクター（パピプペンギンズ）は絶大な人気を博し、シリーズ化、さらには劇場用アニメ映画『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』まで製作されました。2010年には、サントリーの缶コーヒーCMで松田聖子氏自身が実写で出演し、「SWEET MEMORIES」を歌唱、かつてのペンギンCMを彷彿とさせる演出で再び話題となりました。

『ガラスの林檎／SWEET MEMORIES』は、松田聖子氏のキャリアにおいて、アイドルからアーティストへの過渡期を象徴する作品であり、特に「SWEET MEMORIES」は、彼女の卓越した歌唱力を世間に広く認知させるきっかけとなった、極めて重要な代表曲と言えるでしょう。

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