キュバン

キュバン：立方体の炭化水素

キュバンは、8個の炭素原子が立方体の各頂点に配置され、それぞれの炭素原子に水素原子が1つずつ結合した、ユニークな構造を持つ有機化合物です。その名の通り、分子構造が立方体状であることが最大の特徴です。分子式はC₈H₈、IUPAC名はペンタシクロ[4.2.0.0²,⁵.0³,⁸.0⁴,⁷]オクタンで、CAS登録番号は277-10-1です。

キュバンの性質

キュバンは無色透明の結晶性物質で、融点は130～131℃、220℃以上で分解します。プラトン立体炭化水素の一種であり、プリズマン類に分類されます。

特筆すべきは、その高いひずみエネルギーです。炭素原子の結合角が理想的なsp³炭素の結合角（109.5°）から大きくずれている（約90°）ため、166 kcal/molもの大きなひずみエネルギーを内包しています。この高いひずみエネルギーは、キュバンに大きな潜在的エネルギーを蓄えていることを意味し、高密度・高エネルギー燃料としての可能性が探索されています。また、炭化水素の中でも最大級の密度を有しています。

キュバンと同様の立方体構造を持つ分子は、炭素以外にもケイ素、ゲルマニウム、スズなどの炭素族元素を用いて合成されています。ただし、これらの元素間の結合は反応性が高いため、大きな置換基で保護することで初めて安定に単離することができます。例えば、オクタテキシルオクタシラキュバン(Si₈(Me₂CHCMe₂)₈)などが知られています。

キュバンの合成

キュバンの合成は、その高いひずみエネルギーゆえに、かつては不可能と考えられていました。しかし、1964年、フィリップ・イートン教授（シカゴ大学）によって初めて合成が達成されました。合成されたキュバンは、速度論的に安定な結晶性化合物であることが判明しました。これは、容易に分解できる経路が存在しないためです。現在では、初期の合成法に加え、より効率的な複数の合成法が開発されています。キュバンは、八面体対称性を有する最も単純な炭化水素でもあります。

キュバンの用途

キュバンの応用研究も盛んに行われています。キュバンの8個の水素原子をすべてニトロ基で置換したオクタニトロキュバンは、理論上は最強の爆薬とされていますが、合成に多大なコストと手間がかかるため、実用化には至っていません。

一方、複数のキュバン分子を連結したポリマーは、非常に強度の高い繊維材料として期待されています。また、キュバンはベンゼンの生物学的代替物としての可能性も示唆されており、今後の研究展開が注目されています。

関連物質

キュバンに関連する物質としては、オクタフルオロキュバン、キュネアン、ブルバレン、バスケタンなどが挙げられます。また、正四面体構造のテトラヘドラン、正十二面体構造のドデカヘドランなども、キュバンと同様に特異な構造を持つ炭化水素として知られています。その他、オクタアザキュバンなども関連物質として挙げられます。

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