ブルバレン

ブルバレン：コープ転位で踊り続ける分子

ブルバレン (bullvalene) は、有機化学において特異な挙動を示すことで知られる魅力的な化合物です。その化学式はC₁₀H₁₀、IUPAC命名法ではトリシクロ[3.3.2.0²,⁸]デカ-3,6,9-トリエンと表記され、CAS登録番号は[1005-51-2]です。

かご状構造とコープ転位

ブルバレンの分子構造は、3つのエチレン鎖で架橋されたシクロプロパン骨格という、独特のかご状構造をしています。この一見複雑な構造こそが、ブルバレンの特異な性質の鍵となります。ブルバレンの分子内には、6炭素鎖の両端に二重結合を持つ部分が3つ存在し、これらの二重結合のいずれか一つにおいてコープ転位という反応が起こります。

コープ転位とは、1,5-ジエン系の分子内で、二重結合を含む6炭素鎖が移動する反応です。ブルバレンにおいては、コープ転位が起こると、分子全体の立体構造が大きく変化し、まるで鏡に映したような反転した構造のブルバレン分子へと変換されます。しかも、このコープ転位は、3ヶ所の二重結合のいずれの組み合わせでも起こりうるため、ブルバレン分子は絶えず構造変化を繰り返しているのです。

温度と分子の動き

温度が上昇すると、ブルバレン分子におけるコープ転位の頻度も高まります。室温程度では、それぞれの構造は区別できますが、温度が高くなるにつれて転位の頻度が増加し、120℃付近では、コープ転位が非常に速く起こるため、NMR測定においては全ての炭素原子と水素原子が等価となり、一つのピークしか観測されなくなります。まるで、ブルバレン分子が絶え間なく構造を変化させ、一つの平均的な構造として観測されるかのようです。

ブルバレンの発見と命名

ブルバレンの存在は、1963年にウィリアム・デーリングによって理論的に予測されました。そして、翌1964年にはシュローダー(Schroeder)によって合成に成功しました。この化合物の命名は、デーリングのあだ名である“The Bull”に由来しており、デーリング自身によって名付けられました。

類似化合物：セミブルバレン

ブルバレンと類似の構造を持つ化合物として、セミブルバレン(semibullvalene、別名カルフェンcalfen)があります。セミブルバレンはブルバレンよりも二重結合が一つ少ない構造ですが、同様にコープ転位を起こすことが知られています。

まとめ

ブルバレンは、そのかご状構造とコープ転位による動的な構造変化というユニークな性質を持つ化合物です。この化合物の研究は、有機化学における構造と動的挙動の理解を深める上で重要な役割を果たしており、これからも多くの研究者によって研究が続けられるでしょう。その特異な性質から、ブルバレンは有機化学の教科書にもしばしば登場し、学生たちの学習意欲を高める存在でもあります。

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