キューピッドの教育

『キューピッドの教育』は、ルネサンス期の画家コレッジョが1525年頃に制作した油彩作品です。この絵画は、ギリシア神話に登場する愛の神エロス（ローマ神話のクピド）が、知恵と商業の神ヘルメス（ローマ神話のメルクリウス）から教育を受けている様子を描いています。しかし、この場面は古代神話には見られず、コレッジョ独自の解釈によるものと考えられています。

作品の構成

絵画の中央には、ヘルメスが紙片を指し示し、クピドに文字を教えている姿が描かれています。クピドもまた、熱心に指で文字を追いながら学んでいます。その傍らには、ヴィーナスが立ち、二人の様子を鑑賞者に見せるように描かれています。ヴィーナスは、息子クピドの弓を脇に抱えています。これは、悪戯好きで愛の衝動を操るクピドから、一時的に弓を取り上げ、教育によって無知を正そうとする女神の意図を示唆しています。ヴィーナスの背中には一対の翼が描かれており、これは女神の天上的な性質を表しています。ルネサンス期の北イタリアでは、翼を持ったヴィーナスの姿が描かれることがありました。

制作の背景

この作品は、マントヴァのゴンザーガ家の人文主義サークルに属していたニコラ・マフェイによって発注されたと考えられています。マフェイは、古代彫刻の愛好家であり、美術コレクターとしても知られていました。当初、この作品はゴンザーガ家のコレクションに記録されていましたが、より古い記録の発見により、マフェイが発注者として有力視されるようになりました。マフェイのコレクションには、この作品の対となる『眠れるヴィーナスとキューピッド、サテュロス』も含まれていました。

これらの作品は、新プラトン主義的な愛の寓意を表す対作品として解釈されています。『キューピッドの教育』は精神的・理性的な愛である《天上のヴィーナス》を象徴し、一方『眠れるヴィーナスとキューピッド、サテュロス』は肉体的・官能的な愛である《地上のヴィーナス》を象徴するとされています。ただし、両作品のサイズの違いや制作時期のずれなどから、対作品としての解釈には疑問の声もあります。

絵画の源泉

この絵画の図像的な源泉としては、ヴェネチアの彫刻家ヴィットーレ・カメリオが制作したブロンズ製のレリーフが注目されます。このレリーフには、《メルクリウスによるクピドの教育》と《ウルカヌスの冶金》の二つの場面が描かれています。コレッジョの作品は、このうち《メルクリウスによるクピドの教育》の場面に類似しており、ヴィーナスが翼を持つ姿も共通しています。また、イザベラ・デステが所有していたブロンズ像も、この主題の普及に影響を与えたと考えられています。

文学的な源泉としては、1499年に出版されたフランチェスコ・コロンナの小説『ポリフィロの夢』が挙げられます。この小説には、《メルクリウスの教育》と《ウルカヌスの冶金》の二つの主題がレリーフとして描かれた場面が登場します。ただし、コレッジョの絵画ではメルクリウスが文字を教えているのに対し、小説では矢の使い方を教えている点が異なっています。これらの違いは、当時の図像におけるモチーフの交換可能性を示唆しています。

研究史

1960年代以降、ローレン・ソスとエゴン・フェアヘイエンの研究により、『キューピッドの教育』と『眠れるヴィーナスとキューピッド、サテュロス』は、ヴィーナスの愛の二つの側面を表す対作品と見なされるようになりました。ソスは、これらの作品の文学的な源泉として『ポリフィロの夢』を挙げ、フェアヘイエンは、作品に描かれたクピドがそれぞれ《天上の愛》と《地上の愛》を表すと考えました。

作品の来歴

『キューピッドの教育』は、マフェイ家のコレクションを経てゴンザーガ家のコレクションに加わり、その後、イングランド国王チャールズ1世の手に渡りました。チャールズ1世のコレクションは、清教徒革命後に競売にかけられ、本作品はスペイン大使アロンソ・デ・カルデナスによって購入されました。その後、スペインの貴族の手に渡り、1800年代初頭にはジョアシャン・ミュラの手に渡り、その後、様々な経緯を経て、最終的にナショナル・ギャラリーに収蔵されました。現在、この作品はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。

影響

この作品は、多くの複製や模写が制作されました。そのうちのいくつかは、現存しており、様々な美術館で見ることができます。また、『キューピッドの教育』という主題は、コレッジョ以降も西洋絵画において頻繁に描かれるようになりました。

この絵画は、ルネサンス期の人文主義的な思想と、古代神話の解釈を融合させた作品として、美術史において重要な位置を占めています。

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