キリストの神殿奉献 (ティントレット)

ティントレットの「キリストの神殿奉献」

ティントレットが1554年から1555年頃に制作した「キリストの神殿奉献」は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する作品の一つです。この絵画は、新約聖書「ルカによる福音書」に記された、生後間もないイエス・キリストがエルサレム神殿で神に捧げられる場面を描いています。現在、ヴェネツィアのアカデミア美術館に所蔵されており、その卓越した描写力と劇的な構図で多くの人々を魅了しています。

主題の背景

ユダヤの律法では、出産後の女性は一定期間の穢れを払い、長子を神に捧げる義務がありました。特に男子の場合、出産後7日が経過すると、エルサレム神殿で燔祭の仔羊と罪祭の鳩を捧げる儀式が行われました。貧しい家庭では、代わりに2羽の鳩が用いられました。「ルカによる福音書」によると、マリアとヨセフはイエス誕生後、この律法に従い、幼子イエスを神に捧げ、鳩を犠牲として捧げるためにエルサレム神殿を訪れました。

神殿には、聖霊の導きで訪れた敬虔な老人シメオンがいました。シメオンは救世主を見るまで死ぬことはないと啓示されており、イエスを抱いて神を賛美しました。この場面は、キリスト教美術において重要なテーマの一つとなっています。

作品の詳細

ティントレットは、マリアが幼子イエスをシメオンに差し出す場面を中心に描いています。画面右側には、マリアを照らす暖かな光が差し込み、イエスの頭上は神聖な光で輝いています。シメオンは一般の人物として描かれていますが、外典「ヤコブによる福音書」では大祭司とされ、絵画においても大祭司として描かれることが多いです。マリアとシメオンの間には、浄めの儀式に必要な2羽の鳩が置かれています。周りには、他の幼児を抱いた母親たちが順番を待っている様子が描かれています。

低い視点から描かれたこの作品は、テーブルの下に立つ母親たちの姿も捉え、奥行きを感じさせます。画面左端には、裕福な人々が仔羊を携えている様子も描かれています。背景のエルサレム神殿は、ルネサンス様式の建築で、ピラスターや壁龕、彫像など、古典的な要素が取り入れられています。階段に置かれた樽は、発注主との関連を示唆しており、赤外線調査では、その下に紋章が描かれていたことが判明しています。

この作品は、ティントレットの他の作品、特にマドンナ・デッロルト教会の「聖母の神殿奉献」との関連性も指摘されています。両作品には、下からの視点、立体的な彫刻、マニエリスム的な人物像といった共通点が見られます。また、本作が神殿内部を描いているのに対し、「聖母の神殿奉献」は神殿の外を描いている点も対照的です。構図は、ティツィアーノの「ヴェンドラミン家の肖像」から影響を受けていると考えられています。

来歴

「キリストの神殿奉献」は、1550年代半ばに、樽製造業者組合であるダルテ・デイ・ボッテリ同信会からの依頼で、サンタ・マリア・デイ・クロチフェリ教会のために制作されました。ティントレットは同教会のために「聖母被昇天」も描いています。完成した絵画は、内陣の側壁に、アンドレア・スキャヴォーネの「聖母のエリザベト訪問」と対になるように設置されました。教会が取り壊された後、イエズス会教会として再建された際には聖具室に移されました。20世紀初頭には、ロンドンのナショナル・ギャラリーへの売却の危機に瀕しましたが、イタリア政府が先買権を行使し、1906年にアカデミア美術館に収蔵されました。1790年と1950年に修復が行われています。

その他のバージョン

サンタ・マリア・デイ・カルミニ教会のバージョンは、当初アンドレア・スキアボーネの作品とされていましたが、現在ではティントレットの作品とする意見も出ています。トゥールーズのベンベルグ財団には、1540年頃のバージョンが存在します。

ティントレットによる同主題の作品

ティントレットは、この主題で複数の絵画を制作しています。これらの作品は、構図や表現にそれぞれ異なる特徴があります。

参考文献

* ジェイムズ・ホール『西洋美術解読事典』高階秀爾監修、河出書房新社（1988年）

外部リンク

アカディミア美術館公式サイト, ティントレット『キリストの神殿奉献』

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