クチュク・ムハンマド

クチュク・ムハンマド：ジョチ・ウルス末期のハンとその後継国家

クチュク・ムハンマド（1391年 - 1459年）は、15世紀中頃にジョチ・ウルス（大オルダ）でハンとして活躍しました。彼はジョチ・ウルスの再末期の君主であり、その後の分裂によって成立した大オルダ、アストラハン・ハン国、カザン・ハン国といった諸ハン国の王統の始祖として知られています。

彼は「ムハンマド・ハン」とも呼ばれますが、同時代に同名の君主がいたため、「小（クチュク）ムハンマド」として区別されています。対立関係にあったもう一人のムハンマドは「大（ウルグ）ムハンマド」と呼ばれていました。

生い立ちと初期の動向

クチュク・ムハンマドは、ジョチの十三男トカ・テムルの子孫であり、「ノムカン家」の出身でした。ジョチ・ウルスを一時的に再統一したトクタミシュ・ハンがティムールに敗北した後、マングト部のエディゲがノムカン家出身の王族を傀儡ハンとして擁立し、トクタミシュ一族との主導権争いを繰り広げました。1419年にエディゲとトクタミシュの子カーディル・ベルディが相打ちで没すると、ウルグ・ムハンマドが台頭し、これに対抗してエディゲの子マンスールが青帳ハン国のバラク・ハンと同盟を結びました。

バラク・ハンとマンスールの同盟はウルグ・ムハンマドを破り一時的にサライを占領しますが、後に両者は対立し、マンスールは処刑されます。マンスールの処刑後、バラク・ハンを見限ったエディゲの一族は、かつてエディゲが推戴したテムル・ハンの子のムハンマド（クチュク・ムハンマド）に注目しました。マンスールの弟カーディーとナウルーズはハジタルハン（後のアストラハン）に拠ってクチュク・ムハンマドを擁立し、ジョチ・ウルスの西部では、サライ一帯を抑えるウルグ・ムハンマドとハジタルハンを抑えるクチュク・ムハンマドが並び立つことになります。

ハジタルハン時代からサライへ

しかし、エディゲの遺児たちはクチュク・ムハンマドと対立し、ナウルーズがウルグ・ムハンマドの下に投降したことで、一時的にウルグ・ムハンマドが優勢となります。しかし、ウルグ・ムハンマドが新参のナウルーズを厚遇したことで、旧来の家臣であるコンギラト部のハイダル・ベグやシリン部のテクネが離反し、クリミア地方でトクタミシュ・ハンの孫サイイド・アフマドを擁立します。こうして、ジョチ・ウルスの西部には、クリミア一帯を抑えるサイイド・アフマド、サライ一帯を抑えるウルグ・ムハンマド、ハジタルハンを抑えるクチュク・ムハンマドの3つの勢力が鼎立する状態となりました。これらが後のクリミア・ハン国、大オルダ、アストラハン・ハン国の前身となります。

1433年から1436年にかけての三つ巴の抗争は、ナウルーズがウルグ・ムハンマドを見限りクチュク・ムハンマドの下についたことで崩壊します。ウルグ・ムハンマドはサイイド・アフマドとクチュク・ムハンマドに相次いで敗れ、1437年にクチュク・ムハンマドはサライを占領することに成功しました。

サライを拠点とした支配とその後

サライから追われたウルグ・ムハンマドはカザンに移住し、モスクワ大公国との抗争に集中したため、ジョチ・ウルスの西部ではクチュク・ムハンマドとサイイド・アフマドの二強時代が訪れます。1440年には有力な配下であったナウルーズを処刑しますが、これは傀儡ハンには甘んじないというクチュク・ムハンマドの意思表示でした。また、東方で勢力を拡大していたシバン家のアブル＝ハイル・ハンもクチュク・ムハンマドに圧力をかけましたが、その関心は主に南方の青帳ハン国とマー・ワラー・アンナフルに向けられており、クチュク・ムハンマドを脅かすまでには至りませんでした。

クチュク・ムハンマドとサイイド・アフマドの攻防は一進一退を繰り返し、1430年代末から1440年代初頭にはクチュク・ムハンマドがドン川流域を占領しますが、1449年にはサイイド・アフマドによって奪還されます。しかし、リトアニア大公位を巡る内紛に介入して敗れたサイイド・アフマドは没落し、1455年に亡くなります。強力なライバルであったサイイド・アフマドが退場したものの、クリミア・ハン国の始祖となったハージー・ギレイの存在もあり、ジョチ・ウルスの再統一を果たすことなく、クチュク・ムハンマドは1459年に亡くなりました。

クチュク・ムハンマドの遺産：小ムハンマド裔諸政権

クチュク・ムハンマドの死後、その勢力はマフムード・ハンとアフマド・ハンの二人の息子に引き継がれました。一般的に、前者がアストラハン・ハン国、後者が大オルダの君主になったとされています。しかし、これらの国名は後世のロシア人史家によって名付けられたものであり、実際にはこの二つのハン国はほとんどの期間、同一の国家であったという指摘もあります。

ロシア語の系譜史料では、大オルダ王家とアストラハン王家はどちらも、クチュク・ムハンマドの祖父テムル・クトルク・ハンを始祖とするほぼ同一の系譜を挙げています。また、アストラハン・ハン国は「ノムガン家のユルト」と自称した記録も残っており、この「ノムガン」とはテムル・クトルクの曾祖父にあたる人物です。これらの記録を踏まえると、同時代的にはアストラハン・ハン国や大オルダという国家意識は存在せず、ノムガンからテムル・クトルクを族祖とするクチュク・ムハンマド一族がサライからアストラハンを支配していたと考えるのが妥当であり、赤坂恒明はこのような政権を「ノムカン裔諸政権」もしくは「小ムハンマド裔諸政権」と呼んでいます。

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