クーリーの牛争い

クーリーの牛争い（Táin Bó Cúailnge）

「クーリーの牛争い」は、初期アイルランド文学におけるアルスター伝説群の中核をなす物語です。叙事詩として扱われることもありますが、主に散文で記述されています。物語は、アルスター王国とコナハト王国の間で勃発した7年間に及ぶ戦争、そしてコナハトの女王メイヴがクーリーの雄牛を奪取しようとする野望と、それに立ち向かう若き英雄クー・フランの活躍を描いています。

物語の概要

物語は、1世紀頃の英雄時代の出来事を基にしていると考えられていますが、現存する写本は12世紀以降に校訂されたものです。主な写本として、古アイルランド語で書かれた「第一稿本」、より整合性のある中期アイルランド語による「第二稿本」、そして初期現代アイルランド語による「第三稿本」があります。

物語の始まり

「第一稿本」によると、物語はコナハト王アリルと女王メイヴが、自らの軍勢を誇示するためにクルアハンに集結させる場面から始まります。「第二稿本」では、これに加えてメイヴが夫であるアリルとの財産比べをするエピソードが語られます。財産はほぼ互角でしたが、アリルが所有する非常に強い雄牛フィンヴェナハによって、メイヴは劣勢となります。フィンヴェナハは元々メイヴの所有する群れで生まれたものの、女性に所有されることを嫌い、自らアリルの元へ移り住んだという経緯がありました。

牛の強奪

夫に匹敵する雄牛を求めたメイヴは、アルスター地方のクールンギャ（クーリー）で、豪壮な雄牛ドン・クールンギャを見つけます。メイヴは所有者のドーラ・マク・フィアハナと交渉し、当初は一年間の貸借契約を結ぶことに成功しますが、酔った伝令が強奪を企てていることを漏らしてしまい、交渉は決裂。メイヴは軍を率いてドン・クールンギャを奪取することを決意します。この軍には、フェルグス・マク・ロイヒ率いるアルスターからの亡命者たちも加わっていました。

クー・フランの抵抗

一方、クールンギャを守るべきアルスターの戦士たちは、「九日の衰弱」という病に冒され、戦うことができませんでした。しかし、17歳の少年クー・フランだけは病にかからず、御者のロイグとともに、進撃するコナハト軍に対してゲリラ戦を展開します。クー・フランは渡渉場での一騎打ちを挑み、次々と敵の勇士を打ち破り、数ヶ月もの間、孤立無援で敵軍の進軍を食い止めます。

超自然の介入

クー・フランは戦いの最中、超自然的な存在からの助けや妨害を受けます。戦いの前には、モリガンが美女の姿で現れて誘惑しようとしますが、クー・フランは拒絶します。モリガンは怒り、戦いを邪魔すると脅します。モリガンは、ウナギ、オオカミ、そして雌牛へと姿を変えクー・フランを妨害しようとしますが、その度に傷つけられます。クー・フランが敵を打ち破った後、モリガンは乳搾りをする老婆として現れ、クー・フランから受けた傷を見せます。老婆はクー・フランにミルクを与え、彼が祝福するたびに傷は癒えていきます。

ルグの訪問

ある激戦の後、クー・フランのもとに光の神ルグが現れます。ルグは自分がクー・フランの父親であることを明かし、彼を三日三晩眠らせて癒やします。クー・フランが眠っている間に、アルスターの若者たちが援軍として到着しますが、皆殺しにされてしまいます。クー・フランが目を覚ますと、「ねじれの発作」に襲われ、敵味方の区別がつかない怪物に変貌します。コナハト軍の野営地を襲撃した彼は、殺された若者たちの6倍もの敵を虐殺します。

英雄の死

その後も一騎打ちが続きますが、メイヴは一度に数人を差し向けることもありました。クー・フランは養父であるフェルグスと対峙した際、次の機会に降伏してもらうという条件で降伏に合意します。叔父であり親友でもあるフェル・ディアとの三日間にわたる激闘の末、クー・フランは魔槍ガエ・ボルグでフェル・ディアを討ち果たします。

最終的に、衰弱していたアルスターの戦士たちが回復し、総力戦が始まります。クー・フランは傷を癒やすために当初は参戦しませんでしたが、フェルグスがアルスター王コンホヴァルを捕らえるも、自身の養子コルマク・コン・ロンガスに阻止され、怒りのあまり愛剣カラドボルグで丘の頂を切り飛ばします。クー・フランが戦いに加わると、フェルグスは約束通り降伏し、武装解除します。コナハト軍は総崩れとなり、メイヴは撤退を余儀なくされます。メイヴはドン・クールンギャをコナハトに連れ帰りますが、ドン・クールンギャはフィンヴェナハと戦って殺した後、自身も深手を負い、アイルランド中を彷徨った末に故郷で力尽き、死んでしまいます。この出来事が、アイルランド各地の地名の由来になったとされています。

瀕死のクー・フランが、死んでもなお敵に立ち向かえるように自らの体を杭に縛り付けたという像は、「クーリーの牛争い」ではなく、その後の物語に由来します。しかし、口承では、フェル・ディアとの戦いで受けた傷が原因で死んだという語りの中で、このイメージが取り込まれることがあります。

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