クー・フーリン

クー・フーリン：ケルト神話の英雄

クー・フーリン（Cú Chulainn）は、ケルト神話、特にアイルランドのアルスターサイクルに登場する英雄です。その名は「クランの猟犬」を意味し、幼名はセタンタ（Sétanta）でした。彼は太陽神ルーまたはスアルタムを父に、コンホヴァル王の妹デヒティネを母に持つ半神半人とされています。

特徴

クー・フーリンは、御者ロイグが操る二頭の愛馬、マハの灰色とサングレンの黒毛が引く戦車に乗って戦場を駆け巡ります。彼の容姿は美しく、髪は宝石の糸で飾られ、胸には金のブローチが輝き、左右の目には宝玉が宿るとされています。しかし、戦いが激化し興奮が頂点に達すると、「ねじれの発作」を起こし、その姿は怪物のようになると伝えられています。

この発作時、彼の身体は内部でねじれ、髪は逆立ち、目は陥没したり飛び出したりします。筋肉は膨張し、頭からは英雄の光を放ち、唸り声は地元の精霊たちと共鳴し、敵を恐怖に陥れたと言われています。クー・フーリンは、ペルシャの英雄ロスタム、ギリシャの英雄ヘーラクレース、ドイツの英雄ヒルデブラントなど、他のインド・ヨーロッパ語族の英雄との類似点が指摘されており、その起源の古さが示唆されています。

少年時代の逸話

コノア王が鍛冶屋クランの館に招かれた際、幼いセタンタも誘われましたが、彼は遊びに夢中で後から向かうことにしました。しかし、王がそのことを伝え忘れたため、館には番犬が放たれていました。セタンタは番犬に襲われますが、見事これを絞め殺してしまいます。番犬を失ったクランは嘆き悲しみましたが、セタンタは番犬の仔を育て、成長するまで自分がクランの家を守ると申し出ました。この出来事がきっかけとなり、セタンタは「クー・フーリン（クランの犬）」と呼ばれるようになったのです。また、この時彼は犬の肉を決して食べないという誓い（ゲッシュ）を立てました。

青年期の活躍

ある日、クー・フーリンはドルイド僧カスバドから、今日騎士となる者は英雄となるが、その生涯は短いという予言を聞きます。彼はすぐさま王の元へ向かい、騎士になることを志願します。王は彼の若さを理由に躊躇しますが、クー・フーリンは自身の力を示し、ついに騎士として認められます。彼はフォルガルの娘エメルに求婚しますが断られ、影の国で女戦士スカアハの下で修行を積むことになります。

影の国では、コノートのフェルディアと義兄弟の契りを結びます。スカアハと対立するオイフェとの戦いでは、スカアハの代わりに一騎打ちを行い、オイフェを屈服させます。その後、ゲイボルグという槍を授かり、帰国後フォルガルを倒し、ついにエメルと結婚します。

クーリーの牛争いと最期

クーリーの牛争いでは、コノートの女王メイヴとの戦いで、親友であったフェルディアをゲイボルグで殺害してしまいます。その後、訪ねてきた息子コンラをも、彼の素性を知らずに同じ槍で殺してしまいます。再びメイヴ軍が攻めてきた際には、ゲッシュを破り、敵に奪われたゲイボルグによって命を落とします。しかし、彼は倒れることなく、自らの体を石柱に縛り付け、立ったまま息絶えたと伝えられています。

クー・フーリンは、その短い生涯において数々の武勲を立てましたが、そのほとんどは自ら望んだ戦いではありませんでした。彼は人々を救い、名誉を守るため、義侠心から戦いに身を投じました。武人としての名誉と節度を重んじ、女性に手をかけることはありませんでした。

外見と持ち物

クー・フーリンの外見は、古い写本では「背が小さく、ひげも生えていないほど若い」と描写されています。髪色は黒髪または金髪とされ、大変美しい容貌であったと伝えられています。

槍

スカアハまたはアイフェから授かったとされるゲイボルグは、彼の最も有名な武器です。他にも「ドゥヴシェフ」という名の槍を持っていました。

剣

『クーリーの牛争い』では、カラドボルグという剣を使った描写があります。また、写本によってはクルージーンという剣を使ったとするものもあります。

盾

『クー・フーリンの盾』という物語には、彼が Duban という名の盾を手に入れた経緯が記されています。

その他の持ち物

フェルディアとの戦いでは、ダーツ、直刀、槍など、さまざまな種類の武器を使用しました。また、「空幻魔杖」という槍や、「隠れ蓑」と呼ばれるマントも所持していたとされています。

政治的利用

クー・フーリンは、アイルランド民族主義と連合主義の双方から、政治的なシンボルとして利用されてきました。イースター蜂起の指導者パトリック・ピアースはクー・フーリンを敬愛し、彼の物語はアイルランドの小学校で教えられています。

クー・フーリンの物語は、アイルランドの文化と歴史に深く根ざしており、今もなお多くの人々に影響を与え続けています。

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