ケナルカエウム・シュンビオスム

ケナルカエウム・シュンビオスム（Cenarchaeum symbiosum）

ケナルカエウム・シュンビオスムは、アキシネラ属に分類される特定の海綿に共生して生きる、未だ正式な学名が記載されていない古細菌の一種です。特に、メキシコ近海に生息するアキシネラ・メキシカーナ（Axinella mexicana）という海綿から、1996年に初めてその存在が確認されました。この発見は、当時極めて特殊な環境（例えば、熱水噴出孔のような高温環境や高塩分環境）に生息する「極限環境微生物」としてのみ認識されていた古細菌のイメージを覆す、非常に画期的な出来事でした。ケナルカエウム・シュンビオスムは、比較的温和な海洋環境、それも他の生物の体内で見つかった最初の古細菌となったからです。

本種は、アキシネラ・メキシカーナをはじめとするアキシネラ属の海綿に宿主として依存しており、その共生関係は密接です。驚くべきことに、アキシネラ・メキシカーナに共生する様々な微生物集団の中で、ケナルカエウム・シュンビオスムは唯一確認されている古細菌であり、共生する全微生物の総数の実に約65%を占めるという報告もあります。これは、この古細菌が海綿の内部環境において、非常に重要な役割を果たしている可能性を示唆しています。

研究を進める上で大きな壁となっているのが、ケナルカエウム・シュンビオスムを海綿から単独で分離し、人工的な培地で培養することの難しさです。現在でも、この古細菌を単独で安定して増殖させる培養系は確立されていません。しかし、宿主であるアキシネラ・メキシカーナと共に培養する「共培養」の手法を用いることで、比較的容易に生存を維持し、研究用のサンプルを得ることが可能となっています。この共培養システムは、単離培養が難しい共生微生物の研究における有効なアプローチの一つと言えます。

その生理機能についても、直接的な培養が困難であるため、ゲノム情報の解析や、性質の似た近縁種の研究から推定されています。利用可能なゲノムデータや、後に培養に成功した近縁種であるニトロソプミルス・マルティムス（Nitrosopumilus martimus）の性質などから、ケナルカエウム・シュンビオスムは水中のアンモニアを酸化して亜硝酸を生成する、いわゆる「亜硝酸菌」としての能力を持っている可能性が高いと考えられています。このような機能は、宿主である海綿の栄養循環や排泄物の処理に関わっている可能性があり、共生関係における役割として注目されています。

古細菌の分類は、遺伝子情報に基づいて常に更新されています。ケナルカエウム・シュンビオスムの16S rRNA遺伝子配列を用いた系統解析からは、本種が古細菌の主要なグループの一つであるクレン古細菌（Crenarchaeota）に位置づけられることが示されています。しかし、その系統樹上の位置は、従来のクレン古細菌（多くが超好熱菌）とは異なる、比較的初期に分岐した深い位置にあります。さらに重要なのは、ケナルカエウム・シュンビオスムが、超好熱環境ではなく温和な海洋環境に生息し、そのゲノム構成や生理的性質が、従来のクレン古細菌とは大きく異なっているという点です。こうした分子系統学的な位置と顕著な性質の違いに基づき、2010年以降は、ケナルカエウム・シュンビオスムやニトロソプミルスなど、これら海洋性・土壌性のアンモニア酸化性古細菌をまとめて、クレン古細菌から独立した新たな門として「タウム古細菌門」（Thaumarchaeota）を設けて分類することが一般的になりつつあります。

海洋環境に生息する古細菌の研究は、1990年代後半から大きく進展しました。ケナルカエウム・シュンビオスムは、1996年に海洋環境から初めて発見された古細菌であり、そして2005年にニトロソプミルス・マルティムスの純粋培養系が確立されるまでの約10年間、実験室で培養・維持が可能だった唯一の海洋性古細菌株でした。このため、海洋性古細菌の生理や生態に関する初期の研究において、ケナルカエウム・シュンビオスムは極めて重要な役割を果たしました。

未だ多くの謎を残す存在ですが、ケナルカエウム・シュンビオスムは、古細菌の多様性、宿主との共生関係、海洋における窒素循環への関与、そして古細菌の新たな系統的位置づけといった多岐にわたる研究分野において、重要なモデル生物の一つとして注目されています。今後の研究、特に共培養技術の進歩やゲノム情報のさらなる活用によって、その生態や役割の全貌が明らかになることが期待されています。

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