ゲオルク・クーレンカンプ

ゲオルク・クーレンカンプ（Georg Kulenkampff, 1898年 1月23日 - 1948年 10月5日）は、ドイツのブレーメンに生まれた高名なヴァイオリニストです。裕福な貿易商の家庭に育ち、幼い頃から音楽の才能を示しました。

生涯とキャリア

6歳でヴァイオリンの手ほどきを受け、地元のコンサートマスターであったハンス・コルクマイヤーから学びました。さらに11歳からは、名教師ヨーゼフ・ヨアヒムの弟子であり指揮者としても知られるエルンスト・ヴェンデルのもとで、ヴァイオリン演奏だけでなく音楽全般にわたる幅広い教育を受けました。この時期に、両親からストラディヴァリウス「エクス・ナドー」を与えられています。

1913年にベルリン高等音楽院へ進学し、ヴィリー・ヘスに師事しましたが、第一次世界大戦の勃発によりブレーメンに戻ります。1916年には、かつての師コルクマイヤーの後任としてブレーメン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターに就任し、1919年までその任を務めました。この時の指揮者は、少年時代に師事したエルンスト・ヴェンデルでした。コンサートマスター在任中の1917年3月15日には、ヴェンデルが指揮するベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との共演で、マックス・ブルッフの『スコットランド幻想曲』を演奏し、ソリストとして記念すべきデビューを飾りました。この頃はまだ、本名のゲオルグ・クーレンカンプ=ポストという名前で活動していました。

ブレーメン・フィルハーモニー管弦楽団を退団した後は、ソリストとして本格的に活動を開始します。シュターツカペレ・ドレスデンなどドイツ国内外の主要なオーケストラと共演を重ね、その名を高めました。また、活動拠点の一つであったベルリンでは、カール・フレッシュ、ブロニスワフ・フーベルマン、パブロ・カザルスといった同時代の名だたる音楽家たちと交流を深めました。演奏活動と並行して教育活動にも熱心に取り組み、1923年から1926年にかけて、かつて自身が学んだベルリン高等音楽院で教授を務め、後進の指導にあたりました。

ナチス体制下での活動と抵抗

1933年にナチスがドイツで政権を掌握すると、多くの国際的な演奏家、特にユダヤ系あるいはユダヤ人との共演を避ける演奏家たちがドイツを離れました。フリッツ・クライスラー、ブロニスワフ・フーベルマン、カール・フレッシュ、アドルフ・ブッシュといったヴァイオリニストたちもドイツを去りましたが、ゲオルク・クーレンカンプは困難な状況の中、ドイツ国内に留まることを選びました。

彼はこの時期にも重要な演奏活動を行いました。1937年には、長らく失われていたロベルト・シューマン作曲の『ヴァイオリン協奏曲』が再発見された際の初演ソリストを務め、また1940年には、指揮者として知られるヴィルヘルム・フルトヴェングラーが作曲したヴァイオリン・ソナタ第2番の初演も手がけました。さらに日本の作曲家、貴志康一によるヴァイオリン協奏曲のドイツ初演も行っています。

ソロ活動に加え、室内楽の分野でも重要な貢献をしました。1935年には、ピアニストのエドウィン・フィッシャー、チェリストのエンリコ・マイナルディという当時を代表する名手たちと共にピアノ・トリオを結成し、伝説的なアンサンブルとして高く評価されました。1939年にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者たちと弦楽四重奏団を結成するなど、アンサンブルへの情熱も持ち合わせていました。

クーレンカンプはドイツ国内での活動を続けましたが、ナチス体制の単なる宣伝材料となることは断固として拒否しました。彼は、体制が排斥しようとしていたユダヤ人作曲家や演奏家への敬意を示し続けました。例えば、ヴァイオリン協奏曲を演奏する際には、ユダヤ系ヴァイオリニストであったヨーゼフ・ヨアヒムやフリッツ・クライスラーが作曲したカデンツァを敢えて使用しました。さらに特筆すべきは、1935年にメンデルスゾーンの『ヴァイオリン協奏曲』をベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と演奏したことです。メンデルスゾーンはユダヤ系であったため、その作品の演奏は当局にとって好ましくありませんでした。関係当局からの抗議を受けた際、クーレンカンプは国外への移住を示唆することで、それ以上の干渉を退けたといいます。これは、彼が芸術的信念を貫き、ナチス体制に対して見せた静かな抵抗の一例と言えるでしょう。

彼の活動を支えた背景には、エージェントであるルドルフ・フェッダーの存在がありました。フェッダーの事務所には、クーレンカンプのほか、指揮者のオイゲン・ヨッフムやクレメンス・クラウス、そしてピアノ・トリオの盟友であるエドウィン・フィッシャーといった著名な音楽家が所属していました。フェッダーは、所属アーティストが体制内からの圧力や監視から守られるよう、ナチス幹部との繋がりを利用したり、外国公演の監視役を務めるゲシュタポの有力者との関係を築こうとしたりと、水面下での交渉に奔走したと伝えられています。このような支援も、クーレンカンプがドイツ国内で活動を続ける上で重要な要素となりました。

戦後と晩年

第二次世界大戦終結後、ゲオルク・クーレンカンプはスイスへ移住しました。スイスでは、ルツェルン音楽院の夏期マスタークラスで、かつて交流のあったカール・フレッシュの後継として教鞭を執り、教育者としても多くの音楽家に影響を与えました。また、後に指揮者として世界的に有名になるゲオルグ・ショルティがピアニストとして活動していた時期に彼と共演し、貴重な録音も残しています。

残念ながら、クーレンカンプの生涯は長くありませんでした。1948年 10月5日、スイスのチューリッヒで50歳という若さでこの世を去りました。

演奏スタイル

クーレンカンプは、当時のヴァイオリン演奏における一部の傾向に対して批判的な見解を持っていました。彼自身の演奏スタイルは、形式の明確さと透明さを追求するものであると広く評されています。共に室内楽を演奏した盟友エドウィン・フィッシャーは、クーレンカンプの早すぎる死を悼み、彼の墓前でその芸術性を讃える言葉を述べました。その演奏は、技巧的な華やかさよりも、作品の構造と内面を深く掘り下げる知的なアプローチが特徴であったと言えるでしょう。彼の残した録音は、今なお多くのヴァイオリン愛好家によって聴き継がれています。

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