フリッツ・クライスラー

フリッツ・クライスラー：甘美な音色で世界を魅了したヴァイオリニスト

フリッツ・クライスラー（Fritz Kreisler, 1875年2月2日 - 1962年1月29日）は、オーストリア出身のヴァイオリニスト、作曲家です。その甘美な音色と比類なき音楽性で、20世紀前半のクラシック音楽界に多大な影響を与えました。後にフランス、そしてアメリカへと国籍を移し、国際的な音楽家として活躍しました。

生涯

ウィーンで、ジークムント・フロイトと親交のあった医師の息子として生まれたクライスラーは、幼少期から音楽の才能を発揮しました。父親の勧めで3歳からヴァイオリンを始め、7歳でウィーン高等音楽院に特例入学。ヨーゼフ・ヘルメスベルガー2世に演奏を、アントン・ブルックナーに作曲を師事し、10歳で首席卒業という早熟の天才ぶりを見せました。

音楽院では、ヨーゼフ・ヨアヒムらの大家の演奏に触れ、感性を磨きました。その後、パリ音楽院でも首席で卒業し、1888年にはボストンでアメリカデビューを飾り、成功を収めます。

帰国後は、神童として扱われることを避けた父親の意向で、高等学校に進学し一般教養を学びます。医学を専攻しましたが、肌に合わず、本格的な道には進みませんでした。

1895年にはオーストリア帝国陸軍に入隊し、親衛隊に配属されます。軍人への道も考えましたが、家庭の事情で除隊し、音楽界に復帰。ヨーロッパ各地で演奏活動を再開します。

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の入団試験には、「音楽的に粗野」「初見演奏が不得手」という理由で落選したという逸話も残っています。この頃から、レパートリー拡充のために作曲も手掛けるようになりました。

1899年、アルトゥール・ニキシュ指揮のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との共演が、ウジェーヌ・イザイに激賞され、演奏家としての地位を確立。1902年にはロンドンデビューも果たし、イギリスを拠点に活動を始めます。また、この頃からレコーディング活動も開始しました。

1901年、アメリカ人女性ハリエット・リースと出会い、翌年結婚。ハリエットは、音楽の知識は乏しかったものの、クライスラーの才能を理解し、有能なマネージャーとして彼を支えました。彼女の徹底した管理と献身的なサポートが、クライスラーの音楽家としての成功を大きく後押ししたと言えるでしょう。

第一次世界大戦では、陸軍中尉として東部戦線に出征し、重傷を負い名誉除隊。その後はニューヨークで療養しながら演奏活動を再開しますが、敵国人という立場から、活動は思うように進みませんでした。

戦後はヨーロッパ楽壇に復帰し、セルゲイ・ラフマニノフと親交を深め、録音を残しました。ラフマニノフはコレルリの主題による変奏曲をクライスラーに献呈し、「愛の喜び」「愛の悲しみ」をピアノ独奏用に編曲。クライスラーもラフマニノフの歌曲にヴァイオリンのオブリガートを加えるなど、互いに影響を与え合いました。

1923年には来日し、日本の聴衆を魅了しました。1924年から1934年まではベルリンに拠点を置いていましたが、ナチスの台頭により、フランスへ亡命。1939年にはアメリカへ移住し、1943年にアメリカ国籍を取得。以後、ヨーロッパに戻ることはありませんでした。

交通事故による重傷からの奇跡的なカムバック、視力障害や記憶喪失といった後遺症に苦しみながらも、演奏活動を続けましたが、1950年に引退。1962年、ニューヨークで心臓疾患のため死去し、その生涯を閉じました。

人柄と業績

クライスラーは、陽気で気さくな性格で、若い演奏家に楽器を分け与えるなど、面倒見の良い一面も持ち合わせていました。また、楽器や美術品の蒐集家としても知られていました。

クライスラーの演奏は、甘美で温かく、聴衆の心を掴んで離しませんでした。特に、ヴィブラートを効果的に用いた独特の奏法は、「クライスラー・トーン」として知られています。また、作曲家としても才能を発揮し、「愛の喜び」「愛の悲しみ」「美しきロスマリン」など、ヴァイオリン音楽の珠玉の名作を数多く残しました。

クライスラーの偽作問題

クライスラーは、バロック時代の作曲家の作品として発表した楽曲の中に、自作曲や編曲を多く含んでいたことが後に判明し、物議を醸しました。しかし、この事件をきっかけに、埋もれていたバロック音楽が再評価されるなど、音楽史に与えた影響は少なくありません。

まとめ

フリッツ・クライスラーは、甘美な音色と卓越した音楽性で、世界中の人々を魅了した20世紀を代表するヴァイオリニストです。その演奏と作品は、今もなお多くの人々に愛され、後世の音楽家たちに多大な影響を与え続けています。

もう一度検索