エンリコ・マイナルディ

エンリコ・マイナルディ（1897年5月19日 - 1976年4月10日）は、20世紀イタリアを代表する音楽家の一人です。彼はチェリストとして国際的な舞台で活躍する傍ら、作曲家、指揮者、そして卓越した教育者としても多くの後進を育てました。その生涯は、幼少からの厳格な訓練、新たな師との出会い、戦争による試練とスランプ、そしてそれを乗り越えた後の活動再開と教育者としての大きな貢献によって彩られています。

幼少期から初期の活躍

マイナルディは1897年5月19日、ミラノで生を受けました。チェロを嗜むアマチュアだった父は、息子がわずか2歳半のクリスマスに、子どもには大きすぎる楽器をのこぎりで改造してプレゼントしました。父からチェロの基礎、母からは読譜を教わったエンリコ少年は、5歳の時、ミラノ・スカラ座の首席チェリストであるジュゼッペ・マグリーニへの師事を望みます。マグリーニは「幼い子どもにチェロを弾かせると姿勢が悪くなる」と一旦は断りましたが、父の熱意により1年後にマイナルディ家を訪問し指導を開始。マグリーニは当初、エンリコの意欲を削ぐために敢えて厳しい課題を与えましたが、少年の驚異的な吸収力と上達ぶりに心を動かされ、次第に熱心な指導者となりました。ミラノ音楽院に進学後もマグリーニに師事し、年上のヴィクトル・デ・サバダが指揮する演奏会でチェロ協奏曲のソリストを務めています。また、父に連れられて訪ねたアリーゴ・ボーイトからは「バッハの音楽を深めなさい」という重要な助言を受けました。幼少期の生活は厳しく管理されており、午前中はチェロの練習、午後は一般教養の学習という規則正しい日々を送りました。1910年、12歳で音楽院を卒業。この頃、ピアニストのエルネスト・コンソーロは、マイナルディの過密な生活を案じドイツでの活動を提案。同年、ベルリンのジングアカデミーでベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と共演し、ハイドンやドヴォルザークの協奏曲などを演奏。この演奏会は大きな成功を収め、マイナルディはヨーロッパ各地で演奏会を行う機会を得ました。

新たな師との出会い

イタリアに戻り夏休みを過ごしていたマイナルディは、トレメッツォでドイツの著名なチェリスト、フーゴー・ベッカーと運命的な出会いを果たします。ベッカーはマイナルディを弟子に迎え入れ、ベルリン音楽院のマスタークラスや夏の別荘で集中的な指導を行いました。マイナルディは後にベッカーを、厳格さの中にも深い愛情を持つ人物として敬意をもって回想しています。ベッカーとの師弟関係を通じて、マイナルディは作曲家のマックス・レーガーとの交流も得ました。1913年、ハイデルベルクのバッハ祭でベッカーに委嘱されていたレーガーのチェロ・ソナタ作品116の初演を、ベッカーの指名によりマイナルディが代役を務めることになりました。イタリアで楽譜を受け取ったマイナルディは、ミラノ音楽院の作曲教授と共に作品を深く研究しました。初演に先立つレーガーとのリハーサルでは、当初ほとんど言葉を交わされなかったため、マイナルディは不安を感じていましたが、実際にはレーガーはマイナルディの演奏を高く評価しており、リハーサル、本番を経てベッカーに感謝の意を伝えるほどでした。この初演は音楽界の注目を集め、マイナルディのキャリアにおいて重要な節目となりました。マイナルディはレーガーについて「偉大なピアニストではなかったが、ピアノ芸術における真の偉人であり、彼の音は歌うような響きを持っていた」「楽譜に多くの指示を書き込む一方、自身の演奏は控えめで、特にピアニッシモには細心の注意を払っていた」と語っています。

戦争の影響とスランプ

レーガーとの共演成功後、マイナルディは多くの演奏依頼を受けましたが、第一次世界大戦の勃発によりその多くを断らざるを得ませんでした。戦争期間中、彼は約4年間チェロから距離を置くことになります。この間、彼はジュゼッペ・ヴェルディ音楽院でジャコモ・オレフィーチェに、またヴェネツィアでジャン・フランチェスコ・マリピエロに作曲を学び、1917年に音楽院を作曲科で卒業しています。戦争終結後の1923年、マイナルディは再びベッカーに師事するためドイツへ戻り、1925年にはベルリンに居を構えました。この時期は、マイナルディ自身が後に「自分の根源性、自発性が失われ、スランプの真っ只中にいた」と回想する苦しい時期でした。

活動再開とスランプ脱出

スランプ期を経て、マイナルディは再び演奏活動を本格化させます。ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団やベルリン国立歌劇場の首席チェロ奏者として活躍し、レオ・ブレッヒやエーリヒ・クライバーといった著名な指揮者のもとで演奏しました。並行して、エドヴィン・フィッシャーやゲオルク・クーレンカンプ（後にヴォルフガング・シュナイダーハン）とのピアノ三重奏団、エルンスト・フォン・ドホナーニやヴィルヘルム・バックハウスとのデュオなど、室内楽奏者としても活動。また、バロックや古典派の協奏曲では、チェロ独奏パートを弾きながらオーケストラを指揮する「弾き振り」も行いました。特に、ピアニストのアルパート・シャーンドルとオランダのハーグで行ったリサイタルは、彼のスランプ脱出の重要な契機となりました。この時の演奏について、マイナルディは「それまでの苦悩や疑念が全て過去のものとなった」と語り、緊張することなく演奏できたと述懐しています。少年期のマイナルディを知る音楽評論家は、この復活した演奏を聴いて「神童が奇跡的に偉大な大人に成長した」と驚きをもって評しました。マイナルディはルドルフ・フェッダーが運営する高名な個人事務所に所属し、クラウディオ・アラウやエドウィン・フィッシャー、ヴィルヘルム・メンゲルベルク、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリといった一流の音楽家たちと肩を並べました。フェッダーは所属アーティストをナチスの圧力から守るため、党幹部やゲシュタポ幹部との関係を築いたとされます。また、第二次世界大戦後、連合軍により活動禁止とされていた指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの裁判中、マイナルディはエージェントを通じてローマのサンタ・チェチリア管弦楽団との演奏機会を斡旋。これによりフルトヴェングラーはイタリアで戦後初の演奏会を実現することができました。

教育者として

マイナルディの音楽界への貢献は、演奏活動だけに留まりませんでした。1933年には師ベッカーの後任としてベルリン音楽院のチェロ科教授に就任しますが、翌年には故国イタリアに戻り、サンタ・チェチーリア国立アカデミアの教授に転じ、1969年まで長きにわたり教鞭をとりました。また、ザルツブルクでのマスタークラスを主宰するなど、世界各地（ルツェルン、エディンバラ、ハンブルク、ストックホルム、ヘルシンキなど）の音楽学校でもマスタークラスを開設。バッハ、ベートーヴェン、ブラームスなどの主要なレパートリーに関する国際的なセミナーも開催しました。彼の指導法は独特で、弟子に自分の型を押し付けず、安易に自身の指使いやボーイングを見せることを避けました。代わりに、楽曲の解釈との関連で指使いを深く議論することを重視し、弟子自身が最も自然で効果的な方法を見つけることを促したのです。さらに、チェロパートだけでなく、楽曲全体の構成や他の楽器の役割を理解することの重要性を説き、しばしば自身がピアノを弾いてオーケストラパートを演奏してみせました。演奏家は「作曲家に仕える存在」であり、個人的な名声よりも「音楽の意味を伝えること」に全力を尽くすべきだと弟子たちに教えました。1957年には第1回パブロ・カザルス国際コンクールでピエール・フルニエやムスティスラフ・ロストロポーヴィチらと共に審査員を務めました。ジークフリート・パルム、ミクローシュ・ペレーニ、ミルコ・ドルナーなど、マイナルディのもとで学んだ多くのチェリストが後に国際的に活躍しています。また、弟子の夫である歌手ディートリヒ・フィッシャー＝ディースカウの才能をいち早く見抜き、フルトヴェングラーに紹介したエピソードも知られています。

作曲家として

マイナルディは演奏・教育活動と並行して、作曲家としても活動しました。チェロ協奏曲3曲、2台のチェロのための協奏曲、弦楽四重奏曲、ピアノ三重奏曲、各種ソナタ（ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ）、歌曲など、多岐にわたるジャンルで作品を残しています。また、古楽曲の編纂や初演にも取り組み、ゲオルク・クリストフ・ヴァーゲンザイルのチェロ協奏曲2曲を初演・校訂しました。特に、1941年に出版されたヨハン・セバスティアン・バッハの『無伴奏チェロ組曲』の校訂版は、その対位法的な構造への示唆や低音部譜表の併記が「視覚的な対位法解釈として興味深い」と評価されています。マイナルディが作曲したチェロのための練習曲は、チェリストのユリウス・ベッキから「チェロ技術の発展に大いに貢献している」と高く評価されています。

レパートリーと信念

マイナルディは広範なレパートリーを持っていましたが、特に同時代の作曲家作品の紹介に情熱を注ぎました。イルデブランド・ピツェッティやジャン・フランチェスコ・マリピエロのチェロとオーケストラのための作品を全曲初演したほか、クロード・ドビュッシーのチェロ・ソナタのイタリア初演も行いました。エルネスト・ブロッホの『シェロモ』をヨーロッパ各地で演奏し、この作品の普及にも貢献しています。作曲家自身の指揮で演奏する機会も多く、パウル・ヒンデミットのチェロ協奏曲や、リヒャルト・シュトラウスの交響詩『ドン・キホーテ』でソリストを務めました。『ドン・キホーテ』は作曲家自身の指揮で録音も残されています。マイナルディは生前、「自分が心から感動しない曲は決して演奏できなかった」と語っており、その演奏は常に作品への深い共感と真摯な姿勢に裏打ちされていました。晩年は1957年以来愛用したグランチーノのチェロと共に演奏・教育活動を続けました。

1976年4月10日、ミュンヘンで80歳を目前に死去。エンリコ・マイナルディは、ソリストとしての輝かしいキャリア、作曲家としての創造性、そして何よりも献身的な教育者としての活動を通じて、チェロ芸術と音楽界全体に計り知れない足跡を残しました。彼の「音楽に奉仕する」という揺るぎない信念は、今日に至るまで多くの音楽家に影響を与え続けています。

もう一度検索