スコットランド幻想曲

マックス・ブルッフによる《スコットランド幻想曲》作品46は、1879年から1880年にかけて書かれた、ヴァイオリン独奏とオーケストラのための協奏的な性格を持つ作品です。正式な題名は「スコットランド民謡の旋律を自由に用いた、管弦楽とハープを伴ったヴァイオリンのための幻想曲」とされていますが、作曲時には《スコットランド協奏曲》や《ヴァイオリン協奏曲第3番》といった呼称も見られました。

作曲の背景と初演

本作は、当時を代表するヴァイオリンの名手パブロ・デ・サラサーテのために書かれ、彼に献呈されています。しかし、実際の初演は1881年2月22日に、作曲に関して助言を与えたヨーゼフ・ヨアヒムがヴァイオリン独奏を務め、作曲者ブルッフ自身が指揮するリヴァプール・フィルハーモニー協会によって行われました。作品は発表当初から高い評価を受けましたが、一時期は演奏機会が減少しました。本作が広く世界に知られる契機となったのは、名ヴァイオリニスト、ヤッシャ・ハイフェッツがこの曲を深く愛奏し、1947年に最初の商業録音を完成させて以降のことです。

興味深いことに、ブルッフはこの曲を作曲した時点でまだスコットランドの地を踏んでいませんでした。彼のスコットランド民謡への関心は、『スコットランド音楽博物館』と題された民謡集から生まれたものです。全6巻、合計599の楽曲を収めたこの重要なコレクションは、スコットランドを代表する詩人ロバート・バーンズが、エディンバラの音楽関係者ジェームズ・ジョンソンと協力して編纂し、1787年から1803年にかけて出版されました。

楽器編成

この作品の編成は、独奏ヴァイオリンに加えて、標準的な管弦楽編成にハープと打楽器が加わるのが特徴です。具体的には、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、シンバル、バスドラム、そしてハープと弦五部（ヴァイオリンI, II, ヴィオラ, チェロ, コントラバス）で構成されます。スコットランドの響きを強調するため、作曲者ブルッフは特にハープに重要なパッセージを与えています。

楽曲構成

本作は、序章に続く4つの楽章から構成され、全体の演奏時間は約30分です。

序章：グラーヴェ
変ホ短調、4/4拍子。低音による荘厳なコラール風の旋律で幕を開け、続いて独奏ヴァイオリンが甘美でありながらも物悲しさを帯びたテーマを奏でます。

第1楽章：アダージョ・カンタービレ
変ホ長調、3/4拍子。序章がフェルマータで静止した後、間髪入れずにこの楽章へ移行します。管弦楽による短い前奏に続いて、スコットランド民謡《Thro' The Wood, Laddie》（森を抜けて、若者よ）を基にした美しいメロディーがヴァイオリンによって歌われます。この旋律は後の楽章にも姿を現し、全曲の統一性を高める役割を果たしています。

第2楽章：アレグロ
ト長調、2/3拍子。ソナタ形式。リズムは舞曲のように活発になり、バグパイプを思わせる空虚五度（完全五度）の持続音に乗って、独奏ヴァイオリンが民謡《Dusty Miller》（粉まみれの粉屋）に基づく快活な旋律を奏でます。楽章の終盤では第1楽章の主題が回想され、そのまま切れ目なく次の楽章へと続きます。

第3楽章：アンダンテ・ソステヌート
変イ長調、4/4拍子。三部形式。民謡《I'm a Doun for Lack O'Johnnie》（ジョニーがいなくてがっかり）をもとにした、親しみやすく叙情的な旋律が中心となります。

第4楽章：フィナーレ アレグロ・グゥエリエロ
変ホ長調、4/4拍子。ソナタ形式。力強く開始される冒頭の主題は、スコットランドの非公式な国歌の一つである《Scots wha hae*》（スコットランドの民よ）を変形したものです。この勇壮な主題と、ハ長調で提示される対照的な抒情的な主題の二つが、華やかに展開され、作品全体を締めくくります。

現代での受容

この曲は、現代においても様々な場面で使用されています。例えば、NHKの衛星放送番組『ヨーロッパ音楽紀行』にて、スコットランドのエレン・ドナン城を紹介する際に背景音楽として用いられたことがあります。また、ヴァネッサ・メイによる第3楽章を基にした編曲《A Little Scottish Fantasy》は、テレビ朝日系列のスポーツ情報番組『GET SPORTS』のテーマ曲として使用され、多くの人に馴染み深い旋律となりました。

スコットランドの豊かな民謡に触発されて書かれたこの《スコットランド幻想曲》は、ヴァイオリンの高度な技巧と情感あふれる表現が求められる、ブルッフのヴァイオリン作品の中でも特に愛されている傑作の一つです。

もう一度検索