ゲルハルト・ドーマク

ドイツの著名な病理学者であり細菌学者でもあったゲルハルト・ドーマク（Gerhard Domagk、1895-1964）は、感染症治療に新たな時代をもたらしたサルファ剤の発見で知られています。その偉大な功績により、彼は1939年にノーベル生理学・医学賞を受賞しましたが、当時の政治状況下で一度は受賞を辞退せざるを得ませんでした。その後、第二次世界大戦が終結した1947年に改めて賞を受け取りました。

1895年10月30日、ドイツ帝国東部、現在のポーランドに位置するラゴウ（現ワグフ）に生を受けたドーマクは、1913年にキール大学に入学し医学を志します。しかし、第一次世界大戦の勃発により学業を中断し従軍。1915年には負傷しますが、無事学業に復帰することができました。1921年に大学を卒業し医学博士号を取得した後、病理学の研究者としての道を歩み始めます。1924年にはグライフスヴァルト大学の病理学講師となり、翌年にはミュンスター大学に移籍しました。

彼のキャリアにおける転換点の一つは、1927年にドイツの大手化学メーカーであるIG・ファルベン社に招かれたことでしょう。デュッセルドルフにあった同社の研究所で、彼は実験病理学と細菌学の研究主任として、大学での職務と兼任する形で化学療法の可能性を探求しました。1928年にはミュンスター大学の一般病理学・病理解剖学の特任教授にも就任しています。

IG・ファルベン社での研究は、細菌感染に対する有効な化学療法薬の開発を目指すものであり、その責任者としてドーマクに全権が委ねられました。数多くの化合物を検討する中で、1932年、彼は偶然にも赤色アゾ染料の一種であるプロントジルが、レンサ球菌に感染したマウスに対して強力な治療効果を示すことを発見します。レンサ球菌は、肺炎や敗血症など、しばしば重篤な感染症を引き起こす細菌であり、もし人体にも有効であれば、その治療薬は計り知れない価値を持つものでした。

この発見の重要性を示す象徴的なエピソードがあります。ドーマク自身の娘がレンサ球菌による重篤な感染症に罹患し、当時の他の治療法が全く効果を示さない絶望的な状況に陥った際、ドーマクは開発中のプロントジルを娘に投与することを決断します。その結果、娘は奇跡的に回復し、プロントジルの人体に対する有効性が確認されました。

この劇的な出来事と慎重な臨床試験を経て、1935年、プロントジルは世界初のサルファ剤系合成抗菌薬として公式に発表されました。この画期的な発表は、化学療法研究に大きな波を起こし、プロントジルの分子構造を基に、より安全で効果的な数千種類にも及ぶサルファ剤誘導体の開発へと繋がりました。これにより、細菌だけでなく、真菌や原虫など、多様な微生物による感染症に対する強力な治療薬が人類の手に渡ることになったのです。

サルファ剤の発見に加え、ドーマクは結核の治療にも貢献しています。1951年には、抗結核薬として重要なイソニアジド（イソニコチン酸ヒドラジド）を発見し、ストレプトマイシンなどの既存薬との併用により、結核に対する治療効果を飛躍的に向上させました。また、チオセミカルバジドといった他の結核治療薬の開発にも携わっています。

これらの功績により、ドーマクは1939年にノーベル生理学・医学賞を受賞しますが、当時のナチス・ドイツ政権がドイツ国民のノーベル賞受賞を禁止していたため、一度は辞退せざるを得ませんでした。しかし、第二次世界大戦終結後の1947年、改めてその栄誉を受けることとなりました。また、1956年にはパウル・エールリヒ&ルートヴィヒ・ダルムシュテッター賞を受賞。1958年にはミュンスター大学の一般病理学・病理解剖学教授に就任し、1959年にはロンドン王立協会の外国人会員にも選ばれています。

感染症との戦いに多大な貢献をしたゲルハルト・ドーマクは、1964年4月24日、ドイツ南部のバーデン＝ヴュルテンベルク州ケーニヒスフェルトの地で、その波乱に満ちた生涯を閉じました。

もう一度検索