コオイムシ

コオイムシ

（子負虫 / Appasus japonicus）

コオイムシは、カメムシ目のコオイムシ科に分類される水生昆虫です。かつては日本の水田や池で普通に見られましたが、環境の変化により数を減らしました。岐阜県では「ケロ」とも呼ばれることがあります。

形態

成虫の体長はおおよそ17ミリメートルから20ミリメートルほどです。体色は近縁種であるオオコオイムシと比較するとやや薄い褐色をしています。メスの方がわずかに大きい傾向が見られますが、明確な体格差はありません。そのため、卵を背負っているオスを除いては、尾の先にある亜生殖板の形で見分けるのが一般的です。

獲物を捕らえるための前肢は、カマキリのように縦方向から押さえつけるような形状をしています。これを素早く振るって獲物を捕獲します。タガメのように前肢を横に広げて抱え込むのとは異なります。前肢の先端には2本の鋭い爪があります。

尾の先端には、タガメと同じように水中から空気を取り込むための短い呼吸管があり、これは必要に応じて体内に格納したり外部に出したりできます。

水中での呼吸は、腹部と翅の間に保持した空気の泡に依存しています。この泡の中の酸素や二酸化炭素の濃度が生息する水域の濃度と異なると、ガス交換が行われます。これにより、空気中から取り込んだ酸素だけでなく、水中の溶存酸素も利用できるため、一度の潜水でより長い時間水中に留まることが可能です。

生態

分布
日本全国のほか、中国や朝鮮半島に分布しています。

生息環境
水深が数センチメートルから数十センチメートル程度の浅い水域、例えば平野部の水田や浅い堀、流れの緩やかな用水路、ため池などを好んで生息します。水草が茂っていて日当たりの良い場所を好みます。

かつては一般的な水生昆虫でしたが、昭和30年代以降の農薬の大量散布や水田自体の減少により、生息数が激減しました。特に都市部ではほとんど見られなくなりました。21世紀に入り農薬使用に対する法規制が進んだことで、以前に比べると回復傾向にありますが、本種は環境破壊が進みやすい平地に多く生息するため、近縁のオオコオイムシよりも少ない傾向にあります。

食性
肉食性のカメムシで、魚類、貝類、他の昆虫など、動くものに反応して積極的に捕らえます。鎌状の前肢で獲物をしっかりと押さえつけ、口針を突き刺して消化液を送り込み、溶けた体組織を吸汁するという体外消化を行います。死骸や動きのない物でも、水面に落とすなどして刺激を与えると反射的に捕獲します。乾燥したものでも貪欲に吸汁しようとします。

比較的高密度で生息することがあり、1平方メートルあたり数十匹が見られることもあります。これは、同種間での協調性があり、共食いが比較的少ない傾向があるためです。

ライフサイクルと繁殖

年間を通じては、3月下旬頃から活動を開始し、すぐに繁殖期に入ります。新しい成虫は7月下旬から8月にかけて羽化します。10月頃からは陸上または水中で越冬します。

繁殖行動として、オスは水面にポンピング行動で波紋を作り、メスに求愛します。

昆虫類としては珍しく、近縁種のタガメと同様にオスが卵を保護する習性があります。ただし、タガメが産み付けられた場所で卵を守るのに対し、コオイムシのメスはオスの背中に卵を産み付けます。オスは背中に卵塊を背負ったまま移動し、孵化するまで世話をします。この様子が人間の親が子を負う姿に似ていることから、「子負虫」と名付けられました。また、子育ての役割が一般的な生物と逆転していることから、「あべこべ虫」と呼ばれることもあります。

産卵期は4月から8月にかけてで、メスは一度に30個から40個ほどの卵をオスの背中に固めて産みます。卵を背負ったオスは飛ぶことができなくなり、単独で付きっきりになりますが、タガメと同様に複数のメスと交尾することもあります。オスは卵塊を保護している間も通常通り摂餌しますが、時には他のオスが背負っている卵を襲って食べてしまうこともあります。

卵は約数週間で孵化し、幼虫はその後5回脱皮して成虫になります。しかし、孵化後の幼虫の世話はオスが行わず、自分の子供であっても捕食対象とみなすことがあります。幼虫同士の間でも共食いは発生します。寿命は約2年です。

飼育

飼育する際は、数センチメートルの浅い水槽に水草や木の枝などを入れて足場を作ります。陸に上がって体を乾かす習性があるため、陸場も設置する必要があります。餌としては小魚のほか、陸生の昆虫などを与えます。魚の切り身などを近くで動かしても反応して捕食します。飛ぶことがあるため、飼育容器には蓋が必要です。水質の悪化には比較的強い性質があります。

共食いの傾向も強いため、幼虫が孵化したら、個別に飼育することが推奨されます。

近縁種

日本に生息するコオイムシ亜科には、コオイムシを含めて3種が知られています。

オオコオイムシ（Appasus major）：1934年に発見された種で、北海道や本州に分布します。名前の通り体長が23〜30ミリメートルとコオイムシより大きく、体色も濃い茶褐色です。山間部の良好な環境では、コオイムシよりも多く見られることもあります。
タイワンコオイムシ（Diplonychus rusticus）：体長が15ミリメートルほどとコオイムシより小型です。日本ではかつて与論島や沖縄島で記録がありましたが、1958年以降確実な採集例がありませんでした。しかし、2014年に石垣島で再発見されています。環境省のレッドデータブックでは絶滅危惧IA類に指定されている大変希少な種です。

アフリカ大陸には、さらに大型の近縁種も存在します。

タガメモドキ属（Hydrocyrinus）：アフリカなどに分布し、中には体長70ミリメートルを超える大型種もいます。タガメに姿が似ていますが、獲物捕獲用の前肢はコオイムシのように縦に振り下ろす形状で、先端の爪も2本あります。繁殖もコオイムシと同様にオスが卵を背負います。
Limnogeton属：アフリカからイスラエルにかけて生息。他のコオイムシ類と異なり、鎌状ではない細い前足を持ち、主に貝類を捕食します。

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