コノハチョウ

コノハチョウ（木の葉蝶）

タテハチョウ科に分類されるコノハチョウ（学名：Kallima inachus）は、その名の通り、翅を閉じると枯れた葉っぱそっくりになる特徴を持つチョウです。この驚くべき姿は、昆虫が周囲の環境に紛れる「隠蔽擬態」の代表的な例として、しばしば教科書などでも紹介されます。日本では特に沖縄県で県の天然記念物に指定されているほか、環境省のレッドリストでは準絶滅危惧（NT）に位置づけられています。

形態的特徴

成虫の翅を広げたときの大きさ、つまり前翅長は一般的に45mmから50mmほどです。最も特徴的なのは、翅の裏側に見られる模様です。まるで本物の枯葉のように複雑で、一本一本の翅脈が葉脈のように見えるだけでなく、個体によって模様が千差万別であり、全く同じものはないと言われるほど多様性に富んでいます。さらに、前翅の先端は広葉樹の葉の先のように尖り、後翅の後端は葉の柄（葉柄）のように細く突き出ているため、その形状も枯葉に酷似しています。

一方、翅の表側は全く異なる印象を与えます。鮮やかな藍色を基調とし、前翅には目を引く太い橙色の帯が入ります。これは、裏面の地味な枯葉模様とは対照的な、非常に美しい色彩です。

生態と習性

コノハチョウは主に暗く湿った熱帯雨林の環境に生息しています。成虫は一年を通じて何度か世代を繰り返し、ほぼ一年中その姿を見ることができます。タテハチョウ科の多くの種と同様に、コノハチョウも花の蜜を積極的に吸うことは少なく、代わりに樹木の樹液や地面に落ちて腐りかけた果実、あるいは動物の糞などに集まって汁を吸って栄養を摂取します。

幼虫は特定の植物を食草とします。日本では主にキツネノマゴ科に属するオキナワスズムシソウやコダチスズムシソウ、オギノツメといった植物の葉を食べて成長します。

擬態を巡る新たな視点

長らく枯葉への「擬態」として説明されてきたコノハチョウの翅裏の模様ですが、近年ではその生存戦略について異なる見方が提唱されています。従来の説では、枯葉に似ることで捕食者（主に鳥）の目から隠れる「隠蔽擬態」と考えられていました。しかし、実際のコノハチョウが止まる場所は枯葉の上だけでなく、葉の上で翅を広げたり、太い木の幹に頭を下にして止まったりすることも多く、本当に枯葉として認識される状況が限定的ではないかという疑問が呈されています。

また、樹液などで翅を広げている際は鮮やかな表側を見せているため、この状態で捕食者の目から逃れることは難しいと考えられます。もし鳥が一度「枯葉」を獲物として認識し、その姿を覚えてしまうと、かえって危険にさらされる可能性も指摘されています。

こうした疑問から生まれたのが、「目くらまし」としての生存戦略という考え方です。これは、捕食者に追われた際、コノハチョウがタテハチョウ科特有の素早く予測不能な飛び方で攻撃をかわし、その後、暗い場所に逃げ込んで翅を閉じ、枯葉模様で静止することで、追跡してきた鳥が獲物を見失うことを狙った行動である、という説です。つまり、枯葉模様は「隠れる」ためではなく、「姿をくらます」ための効果があるというのです。さらに、鮮やかな翅表の色彩は、鳥に一度攻撃に失敗した経験を記憶させ、「このチョウは捕まえにくい」と認識させることで、その後の攻撃を諦めさせる効果があるとも考えられています。むしろ目立つ表翅を持つことが、生存率を高める上で有利に働いている可能性が示唆されています。

分布と分類

コノハチョウはインド北部からヒマラヤ山脈、インドシナ半島、中国南部、台湾を経て、日本の南西諸島にまで広く分布しています。特にコノハチョウ属（Kallima属）の中では最も広い生息域を持つ種として知られています。日本国内では、先島諸島から沖縄諸島、そして奄美群島の一部の島（沖永良部島や徳之島）で記録がありますが、奄美での記録は人為的な放蝶によるものと推測されています。日本に分布するものは、K. i. eucercaという亜種に分類されています。なお、沖縄県内では県の天然記念物指定のため、法的に採集が禁止されています。

コノハチョウ属には、本種以外にもインドや東南アジアを中心に10種類ほどが確認されています。また、同じように翅の裏側が枯葉に似ており、和名に「コノハ」とつく他の属のチョウも存在します。例えば、イワサキコノハ（Doleschallia bisaltide）やキオビコノハ（Yoma sabina）などが知られており、これらは稀に迷チョウとして日本でも記録されることがあります。これらの類似種は、コノハチョウよりもやや小型であったり、翅の形や表側の模様が異なったりする点で区別されます。

コノハチョウの巧妙な姿と、それを巡る議論は、自然界における生き物の多様な生存戦略の奥深さを示しています。

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