コーマック・マッカーシー
コーマック・マッカーシー（Cormac McCarthy, 1933年7月20日 - 2023年6月13日）は、アメリカ合衆国を代表する小説家の一人です。彼の作品は、深淵で難解な文学性と、暴力を描く作風が特徴であり、その独特なスタイルは、大衆性を併せ持つ稀有なものとして知られています。多くの作品が映画化されており、その影響力は文学界のみならず、映像業界にも及んでいます。
マッカーシーの作品は、登場人物の台詞に引用符（日本語の鉤括弧）を用いないという特徴があります。また、台詞、情景描写、出来事などを、息の詰まるような長い文章に凝縮して詰め込む独特の手法も用います。これらの特徴によって、彼は登場人物を特別扱いせず、無差別で平等な視点を保ち、主観性を排除した乾いた表現を実現しています。
特に、19世紀アメリカの西部フロンティア時代を舞台にした代表作の一つである『ブラッド・メリディアン』では、この手法が顕著に現れています。陰惨な暴力シーンでは、1ページ半分以上を一つの文章で構成するなど、暴力と世界、そして悪を徹底して醒めた視点で表現するマッカーシー文学の真骨頂が垣間見えます。しかし、このような文体は、読者によっては単純に読みにくいと感じることもあります。
風景描写においても、マッカーシーは風景を定まらない視点（誰が見ているのか不明確）で擬人化し、世界そのものが人間のように意思を持ち、呼吸しているかのように描きます。そして、人間に対して無慈悲で無関心な悪の存在として跋扈しているかのように表現します。
これらの文体表現は、処女作である『果樹園の守り手』の時点でほぼ確立されており、50年を超える作家人生において、作品ごとに微妙な変化を加えながらも、その姿勢を崩すことはありませんでした。
マッカーシーは大のインタビュー嫌いで知られ、ベストセラー作家になった後も頑なにインタビューを拒否していました。ニューヨークタイムズとインタビューマガジンに一度登場した以外は、公の場に姿を見せることはありませんでした。しかし、2007年には人気司会者オプラ・ウィンフリーの番組に登壇し、初めて公に姿を見せました。
彼の暴力的かつ哲学的な作風とは異なり、科学を愛し、何よりも自分のやっていることが好きだから続けているだけだと、インタビューではにこやかに語りました。
マッカーシーは、ロードアイランド州で裕福な弁護士の子として生まれ、テネシー大学を中退後、1953年に空軍に入隊し、4年間従軍しました。1960年代にはスペインのイビサ島に住み、その後エルパソに移住して20年近くを過ごしました。結婚はしたものの、定職には就かず、水道も通っていない丸木小屋や牛小屋などで貧困生活を送る中、文学賞の賞金や財団からの資金を使ってヨーロッパやメキシコなどを旅行し、小説のための取材や資料集めを行いました。
後にテネシー大学に復学し、工学科に通いながら執筆を続けましたが、作品はなかなか売れませんでした。還暦を前にした1992年に発表した『すべての美しい馬』が自身初のベストセラーとなり、全米批評家協会賞と全米図書賞を受賞。同作に続く『越境』『平原の町』は合わせて「国境三部作」と呼ばれ、マッカーシー文学は名実ともに確立しました。
2005年の『血と暴力の国』は2007年に映画化され（日本語題『ノーカントリー』）、アカデミー作品賞を含む計4部門を始めとする数多くの賞を受賞。2006年に発表した『ザ・ロード』もピューリッツァー賞を受賞し、ベストセラーとなりました。
マッカーシーは2000年頃から、複雑適応系（CAS）の研究を専門とするサンタフェ研究所（SFI）において、シニア・フェローとしてオフィスを持ち、多くの教職員やポスドクのために論文の編集支援などを行っていました。2017年には、『ケクレ問題』というエッセーを発表。ドイツの化学者アウグスト・ケクレの、いわゆる「ケクレの夢」に関する分析であり、その中で「無意識は動物を操作するための機械であり、全ての動物には無意識がある。言語は純粋に人間の文化的創造物であり、生物学的に決定された現象ではない」という仮説を述べています。2022年の作品『The Passenger』も、このSFIの研究に影響を受けたとされています。
マッカーシーは2023年6月13日、老衰のためニューメキシコ州サンタフェの自宅で死去しました。89歳でした。
小説
果樹園の守り手 (The Orchard Keeper) (1965)
アウター・ダーク (Outer Dark) (1968)
神の子 (Child of God) (1973)
サルタイ (Suttree) (1979)
ブラッド・メリディアン (Blood Meridian) (1985)
すべての美しい馬 (All the Pretty Horses) (1992)
越境 (The Crossing) (1994)
平原の町 (Cities of the Plain) (1998)
血と暴力の国 (No Country for Old Men) (2005)
ザ・ロード (The Road) (2006)
The Passenger(2022)
映画脚本
The Gardener's Son (1976)
悪の法則 (The Counselor) (2013)
戯曲
The Stonemason (1995)
The Sunset Limited (2006)
映像化作品
すべての美しい馬 (All the Pretty Horses) (2000) - ペネロペ・クルス主演、ビリー・ボブ・ソーントン監督。
ノーカントリー (No Country for Old Men) (2007) - ジョエル＆イーサン・コーエン監督。
ザ・ロード (The Road) (2009) - ジョン・ヒルコート監督。
チャイルド・オブ・ゴッド (Child of God) (2013) - ジェームズ・フランコ監督。
悪の法則 (The Counselor) (2013) - リドリー・スコット監督。
特徴的な文体
マッカーシーの作品は、登場人物の台詞に引用符（日本語の鉤括弧）を用いないという特徴があります。また、台詞、情景描写、出来事などを、息の詰まるような長い文章に凝縮して詰め込む独特の手法も用います。これらの特徴によって、彼は登場人物を特別扱いせず、無差別で平等な視点を保ち、主観性を排除した乾いた表現を実現しています。
特に、19世紀アメリカの西部フロンティア時代を舞台にした代表作の一つである『ブラッド・メリディアン』では、この手法が顕著に現れています。陰惨な暴力シーンでは、1ページ半分以上を一つの文章で構成するなど、暴力と世界、そして悪を徹底して醒めた視点で表現するマッカーシー文学の真骨頂が垣間見えます。しかし、このような文体は、読者によっては単純に読みにくいと感じることもあります。
風景描写においても、マッカーシーは風景を定まらない視点（誰が見ているのか不明確）で擬人化し、世界そのものが人間のように意思を持ち、呼吸しているかのように描きます。そして、人間に対して無慈悲で無関心な悪の存在として跋扈しているかのように表現します。
これらの文体表現は、処女作である『果樹園の守り手』の時点でほぼ確立されており、50年を超える作家人生において、作品ごとに微妙な変化を加えながらも、その姿勢を崩すことはありませんでした。
人物像と経歴
マッカーシーは大のインタビュー嫌いで知られ、ベストセラー作家になった後も頑なにインタビューを拒否していました。ニューヨークタイムズとインタビューマガジンに一度登場した以外は、公の場に姿を見せることはありませんでした。しかし、2007年には人気司会者オプラ・ウィンフリーの番組に登壇し、初めて公に姿を見せました。
彼の暴力的かつ哲学的な作風とは異なり、科学を愛し、何よりも自分のやっていることが好きだから続けているだけだと、インタビューではにこやかに語りました。
マッカーシーは、ロードアイランド州で裕福な弁護士の子として生まれ、テネシー大学を中退後、1953年に空軍に入隊し、4年間従軍しました。1960年代にはスペインのイビサ島に住み、その後エルパソに移住して20年近くを過ごしました。結婚はしたものの、定職には就かず、水道も通っていない丸木小屋や牛小屋などで貧困生活を送る中、文学賞の賞金や財団からの資金を使ってヨーロッパやメキシコなどを旅行し、小説のための取材や資料集めを行いました。
後にテネシー大学に復学し、工学科に通いながら執筆を続けましたが、作品はなかなか売れませんでした。還暦を前にした1992年に発表した『すべての美しい馬』が自身初のベストセラーとなり、全米批評家協会賞と全米図書賞を受賞。同作に続く『越境』『平原の町』は合わせて「国境三部作」と呼ばれ、マッカーシー文学は名実ともに確立しました。
2005年の『血と暴力の国』は2007年に映画化され（日本語題『ノーカントリー』）、アカデミー作品賞を含む計4部門を始めとする数多くの賞を受賞。2006年に発表した『ザ・ロード』もピューリッツァー賞を受賞し、ベストセラーとなりました。
サンタフェ研究所での活動
マッカーシーは2000年頃から、複雑適応系（CAS）の研究を専門とするサンタフェ研究所（SFI）において、シニア・フェローとしてオフィスを持ち、多くの教職員やポスドクのために論文の編集支援などを行っていました。2017年には、『ケクレ問題』というエッセーを発表。ドイツの化学者アウグスト・ケクレの、いわゆる「ケクレの夢」に関する分析であり、その中で「無意識は動物を操作するための機械であり、全ての動物には無意識がある。言語は純粋に人間の文化的創造物であり、生物学的に決定された現象ではない」という仮説を述べています。2022年の作品『The Passenger』も、このSFIの研究に影響を受けたとされています。
マッカーシーは2023年6月13日、老衰のためニューメキシコ州サンタフェの自宅で死去しました。89歳でした。
主な作品
小説
果樹園の守り手 (The Orchard Keeper) (1965)
アウター・ダーク (Outer Dark) (1968)
神の子 (Child of God) (1973)
サルタイ (Suttree) (1979)
ブラッド・メリディアン (Blood Meridian) (1985)
すべての美しい馬 (All the Pretty Horses) (1992)
越境 (The Crossing) (1994)
平原の町 (Cities of the Plain) (1998)
血と暴力の国 (No Country for Old Men) (2005)
ザ・ロード (The Road) (2006)
The Passenger(2022)
映画脚本
The Gardener's Son (1976)
悪の法則 (The Counselor) (2013)
戯曲
The Stonemason (1995)
The Sunset Limited (2006)
映像化作品
すべての美しい馬 (All the Pretty Horses) (2000) - ペネロペ・クルス主演、ビリー・ボブ・ソーントン監督。
ノーカントリー (No Country for Old Men) (2007) - ジョエル＆イーサン・コーエン監督。
ザ・ロード (The Road) (2009) - ジョン・ヒルコート監督。
チャイルド・オブ・ゴッド (Child of God) (2013) - ジェームズ・フランコ監督。
悪の法則 (The Counselor) (2013) - リドリー・スコット監督。
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