ゴシポール

ゴシポール (Gossypol)

ゴシポールは、ワタ（綿花、学名：Gossypium）の植物体が生合成する、炭素、水素、酸素のみで構成される有機化合物です。特にワタの種子に高濃度で含まれる他、根、茎、葉にも存在します。自然界に存在する黄色の色素としても知られており、その分子式はC₃₀H₃₀O₈です。

分子構造と性質

ゴシポール分子は、ナフタレンという芳香環を二つ持ち、これらが単結合で直接結びついた構造を基本としています。この二つのナフタレン環には、それぞれ複数のヒドロキシル基が直接結合しており、これらはフェノールとしての性質を示します。さらに、分子内にはアルデヒド基も含まれています。このようなパイ電子雲が広範にわたる構造を持つため、ゴシポールは特定の波長の可視光を吸収し、黄色い色素として認識されます。

特筆すべき構造的特徴として、「軸不斉」が挙げられます。ゴシポール分子は不斉炭素原子を持っていませんが、二つのナフタレン環を結ぶ単結合の回転が立体的な要因によって制限されています。この回転制限によって、分子全体として右巻きと左巻きのような鏡像異異性体が存在しうる構造となり、光学活性を示します。このような、結合軸のねじれに由来するキラリティー（右手と左手の関係のような性質）を軸不斉と呼びます。

生合成経路

ゴシポールは、テルペノイドと呼ばれる一群の化合物に属します。特に、カディネイン型（またはカジナン型）と呼ばれる炭素数15のセスキテルペンが二つ結合してできる二量体です。その生合成は、まず生体内で基本的なイソプレノイド前駆体からファルネシル二リン酸が合成されることから始まります。このファルネシル二リン酸が、一連の酵素反応を経てカルボカチオン中間体を経由し、カディネインというセスキテルペン骨格を形成します。最終的に、このカディネイン骨格が二量体化するなど、複雑な反応経路を経てゴシポールが生み出されます。

生物活性と毒性

ゴシポールはワタが外敵から身を守るための防御物質としての側面を持っています。実際に、抗菌作用や殺虫作用を有することが確認されています。さらに、抗酸化作用も併せ持つことが知られています。

一方、動物やヒトに対して毒性を示すこともあります。過去には、ゴシポールを十分に除去していない粗悪な綿実油を食用とした地域で、住民の健康被害が報告された例があります。特に、男性がゴシポールを摂取すると、精子の運動能力低下や数の減少を引き起こし、不妊の原因となることが明らかになっています。中国では、この男性不妊作用が原因で地域的な出生率の低下が見られた事例も報告されています。この男性避妊作用を利用し、ゴシポールが男性用経口避妊薬として研究・開発されている側面もあります。

動物実験においては、ゴシポールに発がん性を示す可能性が示唆された報告も存在しますが、2013年現在、国際がん研究機関（IARC）による正式な発がん性評価分類は行われていません。食品への混入など、意図せずゴシポールを摂取する可能性は、その毒性を考慮すると注意が必要です。トリプトニドなど、他の植物由来で同様にヒトの生殖機能に影響を与える化合物も知られており、天然物に含まれる生理活性物質の研究は重要です。

もう一度検索