ゴダイヴァ夫人

ゴダイヴァ夫人：伝説と史実の狭間を生きる女性

ゴダイヴァ夫人（Lady Godiva、990年頃 - 1067年9月10日?）は、11世紀イングランドで実在した女性です。マーシア伯レオフリックの妻であり、夫の死後は領主となりました。彼女は、コヴェントリー市民への過酷な税を減免させるため、裸で馬に乗り街を横断したという伝説で広く知られています。しかしながら、中世史研究者の間では、この伝説は史実ではないという見解が一致しています。

伝説の多様な解釈

ゴダイヴァ夫人の伝説は、時代や地域によって異なる解釈がなされています。最も一般的な物語では、夫の圧政に苦しむ民衆を救うため、夫の要求に従い裸で街を駆け抜け、市民は夫人の献身を称え、目をそむけたとされています。この伝説の一環として、ただ一人夫人の裸体を見てしまった男、ピーピング・トムの逸話も有名です。

しかし、この物語はロジャー・オブ・ウェンドーヴァーの年代記『歴史の花』に簡潔に記された記述が最古の出典とされ、その記述では、夫人が長髪で体を覆い、実際には誰も裸体を見なかったとされています。後のマシュー・パリスの『大年代記』も同様の記述をしており、夫人の行為を奇跡とみなしたという記述だけが誇張されていると考えられます。

さらに、トマス・パーシー司教のフォリオ写本に収録されているバラッド「レオフリクス」では、夫がすでに税制の優遇策を施していたものの、「馬税」のみが徴収されていたため、夫人がその撤廃を嘆願したという異なる解釈が提示されています。このバラッドでは、夫人の裸体を見ないよう市民に厳命が下されたという描写もあります。

「裸で」という表現についても、長髪で体が覆われていた、下着を着用していた、貴族の装飾を外した状態だったなど、様々な解釈が提示されています。しかし、当時の“naked”は文字通りの意味しか持たず、後世の解釈である可能性も否めません。また、夫人の行為が市民のためではなく、自らの懺悔のためだったという解釈も存在します。

ピーピング・トム伝説

ピーピング・トム（覗き魔）という言葉は、ゴダイヴァ夫人の裸体を見たとされる男に由来します。この伝説は、17世紀以降のコヴェントリー地域で生まれたもので、文学作品からの派生ではないと考えられています。地元の記事によれば、1826年頃にはすでにこの伝説が定着しており、コヴェントリーの祭りではピーピング・トムの木像が飾られるなど、地域文化の一部となっています。

この伝説における「トム」という名は、アングロサクソン名ではないため、ゴダイヴァ夫人の時代の住民名としてありえないと指摘されています。また、トムはその後、天罰で盲目になった、または住民によって視力を奪われたという説もあります。

ゴダイヴァ夫人の史実

ゴダイヴァ夫人は、マーシア伯レオフリック（-1057年）の妻として歴史に記録されています。彼女の名前の綴りは一定しておらず、アングロサクソン名ではGodgifuまたはGodgyfu（「良い贈り物」の意）であり、Godivaはラテン語風の綴りです。

彼女は夫と共に信仰活動に熱心であり、夫の死後もノルマン・コンクエスト後まで生き延びた、アングロサクソン人領主の一人であり、唯一の女性領主としてドゥームズデイ・ブックに記されています。しかし、1086年の調査時には既に死去していたという説もあり、正確な没年は不明です。

これらの史実から、ゴダイヴァ夫人の裸体騎馬行進は、歴史的事実ではないとされています。

コヴェントリーとゴダイヴァ夫人

コヴェントリー市は、ゴダイヴァ夫人の伝説で有名であり、市の中央広場にはゴダイヴァ夫人の騎馬像が設置されています。この像はウィリアム・レイド・ディック卿によって制作され、1949年に除幕されました。像の台座には、アルフレッド・テニソンの詩が刻まれています。また、市庁舎の塔には、ゴダイヴァ時計という仕掛け時計があり、毎正時にゴダイヴァ夫人の人形が現れます。

ゴダイヴァ夫人の現代的影響

ゴダイヴァ夫人の伝説は、現代においても様々な形で引用されています。増税反対などのデモでは、ゴダイヴァ夫人の故事にならい、スキンカラーのボディスーツを着た女性が白馬にまたがるパフォーマンスが行われることがあります。SF作家ロバート・A・ハインラインも、この伝説を頻繁に引用しています。また、ゴディバチョコレートは、この伝説に由来しています。

まとめ

ゴダイヴァ夫人は、伝説と史実の狭間で生きる、謎めいた魅力的な女性です。彼女の伝説は、時代を超えて人々の想像力を掻き立て、様々な解釈を生み出してきました。この伝説を通して、歴史、信仰、そして人々の抵抗の精神といった様々なテーマを考察することができます。

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