ゴールデンライス

ゴールデンライス（英: golden rice）は、一般的なイネ（Oryza sativa）に特定の遺伝子を導入し、可食部である胚乳でビタミンAの前駆体であるβ-カロテンを生合成できるようにした遺伝子組み換え品種です。この特徴により、米粒は特徴的な黄金色を呈します。

この品種の開発は、世界的に深刻な健康問題となっているビタミンA欠乏症（VAD）への対策として進められました。特に、コメを主食とし、他の栄養源へのアクセスが限られる地域の人々に対し、栄養強化食品として消費されることを目指しています。ビタミンAの不足は、毎年多くの子どもの命を奪い、不可逆的な失明の原因ともなっています。世界の人口の半数以上がコメを主要なエネルギー源としているアジア諸国などでは、主食であるコメの栄養価を高めることが、効果的なVAD対策となり得ると考えられています。

開発の経緯

ゴールデンライスの開発に向けた研究は、1982年にロックフェラー財団の主導で始まりました。1993年には、チューリッヒ工科大学のイング・ポットリカス氏とフライブルク大学のピーター・バイヤー氏が中心となり、具体的な研究プロジェクトがスタートしました。彼らは、植物のカロテノイド生合成経路に関する知見を応用し、特に細菌由来のフィトエン不飽和化酵素遺伝子（crtI）が、高等植物の複雑な酵素経路を代替できることを利用しました。

こうして開発された最初のゴールデンライスは1999年に完成し、2000年にはその詳細が科学雑誌「サイエンス」で発表されました。これは、わずか2つの遺伝子導入で複雑な生合成経路を改変し、作物の栄養価を高めることができる画期的な成果として注目されました。初期の野外栽培試験は2004年に米国ルイジアナ州で実施され、その後フィリピンやバングラデシュなどでも追試が行われ、カロテン蓄積以外の農業形質に大きな変化がないことが確認されました。

ゴールデンライス2

2005年には、シンジェンタ社の研究チームにより、改良版であるゴールデンライス2（GR2E）が開発されました。これは、最初のゴールデンライスで使用されたラッパスイセン由来のフィトエンシンターゼ遺伝子を、トウモロコシ由来の遺伝子に置き換えたものです。この改良により、β-カロテンの産生量は飛躍的に向上し、最初の品種の最大23倍にも達しました。その後の組成解析により、一般的に食されているイネ品種と同等の安全性が確認されています。

ビタミンA欠乏症への期待

ゴールデンライスは、ビタミンA欠乏症の影響を特に受けやすい子どもや妊婦の栄養改善に貢献することが期待されています。VADは世界中で多くの人々に影響を与えており、既存の対策としてはビタミン剤の経口投与や注射、あるいは栄養豊富な食品の摂取促進などがあります。しかし、これらの方法は実施体制やコスト、あるいは食料へのアクセスといった課題を抱えています。

コメを主食とする地域では、そのコメ自体にビタミンA前駆体が含まれるようにすることが、より持続可能で低コストな解決策となり得ると考えられています。初期のゴールデンライスはVADを完全に解決するものではないと見られていましたが、改良版であるゴールデンライス2は十分なプロビタミンAを含んでおり、日常的な摂取によって必要な栄養素を補うことが可能であることが示されています。ただし、カロテンは油溶性であるため、効果的な吸収のためには食事に適切な脂肪分が必要であること、またVADがしばしば他の栄養不足を伴うことから、ゴールデンライスのみで全ての問題が解決するわけではないという指摘も存在します。

研究と承認

ゴールデンライスのヒトにおける安全性や栄養学的効果については、複数の研究が進められてきました。2009年の研究では、ゴールデンライス由来のβ-カロテンがヒトの体内で効率的にビタミンAに変換されることが報告されました。また、ゴールデンライス2に含まれる新規タンパク質にアレルギー性は見られないとする評価も行われています。

各国の規制当局による承認も進んでいます。2018年にはオーストラリア、ニュージーランド、カナダ、アメリカ合衆国で食品としての安全性が承認されました。特に、アメリカ食品医薬品局（FDA）は、提出された情報に基づいて安全性の懸念はないと結論付けました。そして2021年、世界で初めてフィリピンで商業栽培が認可されました。これは、洪水と乾燥に耐性のある既存品種RC82にゴールデンライスの遺伝子を導入した品種です。

論争と支援

ゴールデンライスは、遺伝子組み換え作物（GMO）全般に対する批判と関連して、強い反対意見も直面してきました。環境活動家や反グローバリズム活動家からは、β-カロテンの安定性に関する懸念や、GMOの普及が農業の多様性や貧困問題を悪化させる可能性が指摘されています。一部の批判者は、サツマイモや緑黄色野菜など、既存の安価で栄養豊富な食品の利用促進こそが解決策であると主張しています。

一方で、ゴールデンライスの開発者や支持者は、ビタミンA欠乏症に苦しむ現実的な状況、特に食料へのアクセスが限られる地域での有効性を強調しています。また、このプロジェクトは人道的利用を目的としており、国際稲研究所（IRRI）が中心となって非商業的な配布を目指していること、企業による関連特許も無償提供されており、小規模農家からはロイヤリティを徴収しない方針であることが説明されています。

ビル＆メリンダ・ゲイツ財団は、開発途上国での農業開発におけるGMOの利用を支持しており、ゴールデンライスの開発も支援しています。2016年には、100人以上のノーベル賞受賞者がグリーンピースに対し、ゴールデンライスへの反対キャンペーンを中止するよう求める書簡を発表しました。

今後の展望

世界で初めてフィリピンで商業栽培が認可されたことにより、ゴールデンライスが実際にビタミンA欠乏症に苦しむ人々の栄養改善にどの程度貢献できるか、その影響が注目されています。一方で、論争や批判は依然として存在しており、社会的な受容や普及には課題も残されています。

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