サイラス・マーナー

『サイラス・マーナー　―ラヴィロウの織工―』解説

ジョージ・エリオット（本名メアリー・アン・エヴァンズ）によって1861年に発表された長編小説『サイラス・マーナー　―ラヴィロウの織工―』（英語：Silas Marner: The Weaver of Raveloe）は、19世紀初頭のイングランドを舞台に、一人の機織り職人の人生の変遷を描いた作品です。

あらすじ

物語の主人公は、かつてランタンヤードというスラム街で信仰心の篤い信徒として暮らしていたサイラス・マーナー。しかし、友人に裏切られ、教会の金を盗んだという濡れ衣を着せられたことで、彼は信仰を失い、絶望の淵に突き落とされます。婚約者にも去られ、失意の中、サイラスはランタンヤードを後にして、ラヴィロウという小さな村に移り住みます。

ラヴィロウでサイラスは、誰とも交流を持たずにひっそりと機織りの仕事に打ち込みます。やがて彼は、その仕事で得た金貨を心の支えとするようになります。しかし、ある夜、その大事な金貨が盗まれてしまいます。途方に暮れるサイラスでしたが、大晦日の夜、彼の人生を大きく変える出来事が起こります。雪の中で行き倒れた女性が残した幼い娘、エピーをサイラスは保護し、自分の娘として育てることを決意するのです。

エピーとの生活を通して、サイラスは徐々に心の温かさを取り戻していきます。一方、村の地主の息子であるゴッドフリー・キャスは、過去の秘密に苦悩していました。彼は、アヘン中毒の女性モリーとの間に子供をもうけていたのです。ゴッドフリーは、エピーの成長を見守りながら、彼女への罪悪感を抱き続けます。

16年後、サイラスの家近くの採石場で、サイラスの金を盗んだダンジー・キャスの遺体が発見されます。同時に、ゴッドフリーは自分の過去を告白し、エピーを引き取ろうと申し出ます。しかし、エピーはサイラスとの生活を望み、ゴッドフリーの申し出を断ります。エピーはサイラスの隣人であるドリーの息子アーロンと結婚し、サイラスと共に幸せな生活を送るのでした。

発表までの経緯

本作は、ジョージ・エリオットがイタリア旅行から帰国後、歴史物語『ロモラ』の執筆に行き詰まる中で生まれた作品です。「イングランド中部の昔風の村の生活を書きたい」という衝動に駆られ、1860年9月30日から執筆を開始。当初は韻文で書く予定でしたが、ユーモラスな場面が書きにくかったため、散文で執筆されました。執筆は順調に進み、約半年後の1861年3月10日に完成。同年4月2日に出版され、高い評価と商業的な成功を収めました。

作品の分析と評価

『サイラス・マーナー』は、構成の完成度の高さが評価される一方で、エリオット作品の特徴である起伏に富む展開や印象的な登場人物といった要素は薄いと評されています。そのため、エリオットの作品の中では例外に属するものと見なされることもあります。しかし、そのシンプルなストーリーと温かい物語性は、多くの読者の心を捉え、長く読み継がれています。

ローレンス・ジェイ・デスナーは、小説の出来事を、それに関連するエリオット自身の人生と対比させて描いています。ブルース・K・マーティンは、小説の構造において、エリオットがゴッドフリー・キャスを、サイラスの類似性を示す役割と、サイラスの引き立て役の役割の両方として使用していることについて論じています。

受容と影響

本作は、おとぎ話的な要素を持つことから、教室で読まれることが多く、英米では学校教科書としての印象を持たれています。日本においては、夏目漱石がイギリス留学から帰国する際に本書を持ち帰り、東京帝国大学での講義に使用しました。1923年にはエリオット作品としては初めての全文和訳が出版され、その後も複数の翻訳本が出版されています。

派生作品

『サイラス・マーナー』は、ジョージ・エリオット作品の中では最も多く映画化されています。特にサイレント映画の時代に多くの作品が制作されました。これは、他のエリオット作品と比較して筋立てが一貫していて明確なこと、視覚的イメージや場面転換が優れていること、物語に通じる温もりやメロドラマ的な雰囲気がサイレント映画に適していることが理由として考えられています。

ウィリアム・S・ギルバートの演劇『Dan'l Druce, Blacksmith』(1876)は、序盤の、吝嗇な人のもとに子供がやってくる展開はサイラス・マーナーから取られたものであり、結末も類似しています。また、台本にもサイラス・マーナーの記載があります。

インドの作家ムンシー・プレームチャンドは、本作をもとにヒンディー語で『Sukhdas』を書いています。

ベン・キングズレーは1985年のBBCの放送でサイラスを演じました。1994年には、スティーヴ・マーティンの製作・脚本・主演により、本作を映画化した 『パパとマチルダ』が公開されました。

『サイラス・マーナー』は、時代を超えて愛される、ジョージ・エリオットの代表作の一つです。孤独と絶望、そして希望と再生を描いたこの物語は、今もなお、多くの人々の心を揺さぶり続けています。

もう一度検索