サクランボの聖母

『サクランボの聖母』は、イタリア・ルネサンスの巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1515年に制作した油彩画です。当初は板に描かれていましたが、後にキャンバスに移し替えられました。この作品は、構図において師であるジョヴァンニ・ベッリーニの作品から大きな影響を受けています。

17世紀には、レオポルト・ヴィルヘルム大公のコレクションに収蔵されており、ダフィット・テニールス（子）によって大公の絵画コレクションを描いた作品の中で模写されました。現在は、ウィーンの美術史美術館に所蔵されています。

作品の特徴

ティツィアーノの初期作品には、「聖母子画」や「聖家族図」、複数の聖人が集う「聖会話」といった伝統的な主題が多く見られます。これらの作品は、図像学的にはベッリーニとの深い関連性を示しています。

『サクランボの聖母』は、ベッリーニの聖母子画のイコン的な構図、すなわち前景に人物を平行に配置し、聖母の背後に幕を垂らすという形式を踏襲しています。しかし、ティツィアーノは各人物に、より自由な動きと現実感を与え、生き生きとした親密なコミュニケーションを描き出しています。

この作品では、聖母マリアと幼子イエス・キリストが、幼い洗礼者ヨハネとともに前景の欄干と背後の布の間で三角形構図に収められています。三角形は、「永遠性」、「正当性」、「調和」を象徴します。聖母子は理想的に描かれている一方、聖人たちは写実的に描かれており、この対比が作品に深みを与えています。聖母子の両側には、垂直に立っている聖人たち（右側は聖ヨセフ、左側はヨハネの父ザカリア）が配置されています。これらの人物はポーズや明暗の違いによって聖母子と対比されています。

幼児ヨハネは、処女性の象徴であるサクランボを捧げています。また、「ECCE AGNVS DEI（見よ、神の小羊）」と書かれた巻紙を持っています。このヨハネの表現は、アルブレヒト・デューラーが1506年にヴェネツィアで描いた『ヒワの聖母』に登場する、スズランを持つ幼児ヨハネと類似しており、ザカリアの異様に克明な写実性を含め、デューラーの影響が推測されます。

絵画の劇場

この絵画は、ダフィット・テニールス（子）がレオポルト・ヴィルヘルム大公の芸術コレクションの目録として出版した1659年と1673年の著作『絵画の劇場』に記録されています。この著作は、目録にある絵画をもとに様々な画家が制作したエングレービングで構成されています。

まとめ

『サクランボの聖母』は、ティツィアーノの初期の傑作として、ルネサンス美術における聖母子画の重要な例です。ベッリーニの伝統を受け継ぎつつ、より自由で人間的な表現を追求した作品であり、その後の西洋美術に大きな影響を与えました。作品に込められた象徴性や人物表現など、見どころが多い作品です。

参考文献

前川誠郎・クリスティアン・ホルニッヒ・森田義之『カンヴァス世界の大画家9　ジョルジョーネ/ティツィアーノ』、中央公論社、1984年刊行 ISBN 4-12-401899-1

外部リンク

美術史美術館公式サイト、ティツィアーノ『サクランボの聖母』 (英語)
* “Madonna of the Cherries by TIZIANO Vecellio”. wga.hu.

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