サバ語

サバ語：古代南アラビアの豊かな言語遺産

サバ語は、古代南アラビアで使用されていた言語の一つであり、現在のイエメン中央部を拠点としたサバ王国で広く用いられました。紀元前2世紀後半に台頭したヒムヤル王国でも公用語として使用され、その影響力はミナ王国、カタバン王国、ハドラマウト王国といった周辺地域にも及んだと言えるでしょう。これらの王国が滅亡した後も、サバ語はこれらの地域で公用語として存続したのです。

古代南アラビア語にはサバ語以外にもミナ語、カタバン語、ハドラマウト語など複数の言語が存在しましたが、サバ語は圧倒的に多くの資料が残されている点が特徴です。1万を超える碑文に加え、数千点にも及ぶ木の棒に書かれた筆記体文書（小文字、ザブールとも呼ばれる）も発見されており、これらは西暦2～3世紀頃に書かれたと考えられています。これらの文書はサバ語で書かれているものの、難解な文字や未知の単語が含まれるため、解読は未だ部分的な段階にとどまっています。

サバ語は南アラビア文字で表記されました。この文字体系は母音をほとんど表記せず、子音の区別も曖昧なため、サバ語の形態論を完全に解明することは困難を極めます。碑文の書記様式は、初期には牛耕式が用いられましたが、その後は右から左へ記述されるようになりました。

現存する最古のサバ語碑文は紀元前8世紀のもので、西暦6世紀半ばまでの約1400年間に渡る資料が存在します。これらの資料は、年代によって大きく三つの段階に分類されます。

1. 早期サバ語（紀元前8世紀～紀元前2世紀）： 主に牛耕式の南アラビア文字で記され、サバ王国の衰退後も2世紀程度使用されました。

2. 中期サバ語（紀元前1世紀～西暦4世紀）： 圧倒的に多くの資料が残されている時代であり、マーリブ近郊のアッワーム寺院の奉納文などが含まれます。この奉納文は、サバ語の独立した言語資料として最も重要なものです。

3. 後期サバ語（5世紀～6世紀）： ラフマーナーンと呼ばれる単一神への信仰が台頭した時代であり、「一神教サバ語」と呼ばれることもあります。この時代の言語には、ヘブライ語、アラム語、ギリシャ語からの影響が認められます。現存する最晩期の碑文は、ヒムヤル紀元669年（西暦554年または559年）のもので、サバ語の長い歴史の終焉を示しています。

サバ語の音声と文法

サバ語の音声体系は、29の子音の区別を特徴とします。特に、/s/のような音には3種類があり、それぞれs1、s2、s3と表記されることがあります。南アラビア文字は子音文字（アブジャド）であるため、母音の情報はほとんど得られず、半母音/y/、/w/の位置から推測するしかないのが現状です。

サバ語の文法は、セム語族の他の言語と共通する点が多く見られます。名詞は性（男性・女性）、数（単数・双数・複数）、定性（絶対形・連語形・定形）によって変化します。格については、母音表記の欠如から不明瞭な点が多いですが、例えば「子供たち」を表す語には、主格と斜格をそれぞれ示す形が存在したと考えられています。

動詞は3子音（まれに4子音）の語根からなり、様々な語幹が派生します。しかし、南アラビア文字の制約から、語幹の正確な形態は不明な点が多いです。人称、性、数によって変化し、「完了」と「未完了」の2種類の人称接辞を持ちます。「未完了」の動詞には、-nが付く長形と付かない短形があり、その違いは解明されていません。

文の構造は、最初の文がSVO型である一方、それ以降の文はVSO型になる傾向があります。複数の動詞が並列する場合には、「不定形の鎖」と呼ばれる、不定形が連鎖する独特の構造が現れます。

サバ語の研究は、解読の困難さから未だ発展途上ですが、現存する膨大な資料は、古代南アラビア文明の解明に不可欠な要素です。今後の研究の進展によって、さらに多くのことが明らかになることが期待されます。

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