サラーフ・ジャディード

サラーフ・ジャディード：シリアを揺るがせたバアス党左派指導者の生涯

サラーフ・ジャディード（1924年または1926年～1993年）は、20世紀中頃のシリア政治において重要な役割を果たした将軍にして政治家です。アラブ社会主義バアス党の指導者として、1966年から1970年にかけてシリアの実質的な支配者となり、社会主義政策や強硬な対外政策を推進しました。しかし、その政治的野心は、最終的にハーフィズ・アル・アサドによるクーデターによって打ち砕かれ、ジャディードは失脚、投獄、そして獄中で生涯を終えることとなります。

若き日のジャディードと政治的変遷

ジャディードは、シリア沿岸のアラウィー派の家庭に生まれました。1946年にホムス士官学校を卒業し、シリア軍に入隊。当初はシリア社会民族党に所属していましたが、後にアラブ社会主義バアス党へと転身します。バアス党内でも、当初はアクラム・アル・ホーラーニー派に属していましたが、その後、ミシェル・アフラクやサラーフッディーン・アル＝ビータールといった指導者たちと共に活動。さらに、1950年代にはエジプトのガマール・アブドゥル＝ナーセル大統領に共感し、アラブ連合共和国へのシリアの加盟を支持する立場へと変化していきます。

アラブ連合共和国時代、ジャディードはカイロに駐屯していましたが、1959年には他のバアス党員と共に軍事委員会を結成。この委員会は、アラブ連合共和国の存続と、バアス党の勢力維持を目的としていました。委員会はアフラクによるバアス党の衰退を批判し、1960年の党大会で党の再建を要求。アラブ連合共和国におけるナーセル政権との関係強化を目指しましたが、1961年のアラブ連合共和国解体によってその目標は頓挫します。解体後、ジャディードは親ナーセル派として弾圧を受け、軍を退役させられます。

バアス党左派の指導者として

軍を退役後も、ジャディードはバアス党内での影響力を維持し続けました。彼は表舞台に立つことは少なかったものの、党や軍の要職に就く人物たちと密接な関係を築き、党内での実権を握っていきました。ジャディードの事実上の支配下において、シリアは社会主義陣営と友好関係を築き、イスラエルやサウジアラビアなどの「反動的」アラブ諸国に対して強硬な姿勢をとりました。国内政策においては、急進的な社会主義改革を推進。シリア共産党員を閣僚に登用するなど、社会主義政策を積極的に進めようとしましたが、社会不安や経済混乱を招くことになります。一方で、反体制派は厳しく弾圧され、バアス党による一党支配体制が確立されました。しかし、1967年の第三次中東戦争での敗北とゴラン高原のイスラエル占領によって、ジャディード政権への民衆の支持は失われ始めます。

アサドとの対立と失脚

第三次中東戦争後、ジャディードの急進的な政策に反対する穏健派との対立が深まりました。この穏健派は、国防大臣のハーフィズ・アル・アサドを中心として結集していました。アサドは、憲法制定による国内情勢の安定化、経済の自由化、非バアス党員との協調、保守的なアラブ諸国との関係改善などを主張しました。ジャディードはバアス党の文民組織に忠実でしたが、アサドは徐々に軍の支配を強化していきました。1969年にはアサドがジャディード支持者を追放し、ジャディードの影響力は大きく低下します。1970年のヨルダン内戦において、ジャディードはPLOを支援する行動に出ましたが、これはアサドら穏健派の反発を招きました。この事件を契機に、ジャディードとアサドの対立は決定的となり、1970年11月、アサドはクーデターを起こし、ジャディードを逮捕しました。ジャディードはその後、獄中で生涯を終え、1993年に心臓発作で亡くなりました。一方、アサドは2000年までシリアを支配し続けました。

参考文献

Moubayed, Sami M. (2006). Steel & Silk: Men and Women who shaped Syria 1900–2000. Cune Press.
Seale, Patrick (1990). Asad of Syria: The Struggle for the Middle East. University of California Press.
* Tucker, Spencer; Roberts, Priscilla Mary (2008). The encyclopedia of the Arab–Israeli conflict: a Political, Social, and Military History: A–F. 1. ABC-CLIO.

もう一度検索