サンドマン 序曲

『サンドマン 序曲』：夢と運命の交響曲

ニール・ゲイマン原作、J・H・ウィリアムズIII作画によるグラフィックノベル『サンドマン 序曲』は、世界的な人気を博したコミックシリーズ『サンドマン』の前日譚です。2013年から2015年にかけて全6号が刊行され、2016年にはSF界の権威あるヒューゴー賞を受賞、2023年には待望の日本語版が発売されました。

本作は、主人公ドリーム（夢）が人間の魔術師に囚われたという、オリジナルシリーズで描かれた謎めいた事件の真相に迫ります。ドリームは、エンドレスと呼ばれる7人の兄弟姉妹の一人であり、夢と物語そのものの具現化です。彼は謹厳で誇り高い性格ですが、過去の過ちを償おうと苦悩する一面も持ち合わせています。

物語は、宇宙規模の壮大なスケールで展開します。エンドレスの長兄デスティニー（運命）、快活な長姉デス（死）、そして双子のデザイア（欲望）とデスペア（絶望）、幼い末妹デリリウム（譫妄）など、個性的で魅力的なキャラクターたちが登場します。さらに、エンドレスの両親である時と夜、そして「希望」という名の異星人少女ホープも物語を彩ります。

『サンドマン 序曲』は、単なる前日譚にとどまりません。オリジナルシリーズで描かれた謎や伏線の多くが明かされ、ドリームや他のエンドレスたちのキャラクター像にも新たな光が当てられています。しかし、時系列的に最初に読むことを意図した作品ではなく、シリーズ全体を理解した上で読むことで、より深い感動を得られるでしょう。

ゲイマンとウィリアムズの卓越した創造性が融合した本作は、ダークファンタジー、ハイファンタジー、そして壮大なスペースオペラ要素が入り混じった、他に類を見ない作品です。宇宙犬のヒーローチームや、生ける惑星モゴといったDCユニバースのマイナーなSFキャラクターも登場し、意外な繋がりを見せるのも見所のひとつです。

作画を担当したJ・H・ウィリアムズIIIは、大胆で実験的なコマ割り、象徴的な図像、そして多様な絵柄を駆使し、物語の世界観を鮮やかに表現しています。ページデザインは多彩で、コラージュのような賑やかなページから、余白を活かした静謐なページまで、読み手の想像力を掻き立てる演出が随所に見られます。また、キャラクターの心理は、セリフやプロットだけでなく、絵柄やカラーパレットを通じて巧みに表現されています。

『サンドマン 序曲』は、単に過去を補完するだけでなく、シリーズ全体に新たな深みを与え、新たな解釈をもたらす作品です。ニール・ゲイマンが提示する「人は変わることができるのか」「死を受け入れるとはどういうことか」「運命は存在するのか」といった問い、そしてそれらと「物語」が交錯する様が、ユーモアや軽さとは無縁の、重厚な筆致で描かれています。

批評家からは、完成度の高いセリフ回しや、大胆な作画、宇宙的スケール感と内面のモノローグの両立といった点が高く評価されています。一方で、意図的に読み手の謎解きを阻む作画や、衒学的な文章表現については批判的な意見も見られます。しかし、その議論すらも、『サンドマン 序曲』が読者に与える強いインパクトを示していると言えるでしょう。

2015年にはJ・H・ウィリアムズIIIがアイズナー賞を受賞、2016年にはヒューゴー賞を受賞するなど、その高い芸術性と完成度が世界的に認められています。日本語版も発売されたことで、日本の読者にも、この傑作グラフィックノベルの感動が届けられています。

本書は、単なるコミック作品を超え、文学、芸術、そして哲学的な深みを持つ、まさに「夢と運命の交響曲」と言えるでしょう。

もう一度検索