サン・ジョッベ祭壇画

サン・ジョッベ祭壇画：ジョヴァンニ・ベッリーニの傑作

『サン・ジョッベ祭壇画』は、ヴェネツィア派の巨匠ジョヴァンニ・ベッリーニが1487年頃に制作した油彩画です。聖会話という伝統的な主題を扱いながらも、その革新的な構成と深い象徴性は、ルネサンス美術史において重要な位置を占めています。元々はヴェネツィアのサン・ジョッベ教会に設置されていましたが、ナポレオン戦争の際に略奪され、現在はアカデミア美術館に収蔵されています。

制作の背景

1485年のペスト流行に触発されたこの作品は、サン・ジョッベ教会からの依頼によって制作されました。ベッリーニは、教会の建築空間と調和するような祭壇画を構想し、当時としては最大級の聖会話図を完成させました。特筆すべきは、祭壇画が設置される場所で制作された点です。絵画内のアーチは、教会の大理石のアーチと遠近法や様式が一致しており、まるで教会の延長であるかのような錯覚を生み出します。また、教会にはマルティーニ礼拝堂しか存在しなかったため、ベッリーニは祭壇画自体をもう一つの礼拝堂として機能させるという革新的な試みに挑みました。

本作の依頼主は不明ですが、サン・ジョッベ教会の関係者であると考えられています。しかし、作品の規模や細密さから、高額な報酬が支払われたことは想像に難くなく、教会の庇護者であった総督クリストフォロ・モロが依頼した可能性も指摘されています。作品が完成したのは1493年頃とされ、当時の文献にもその美しさが記録されています。

ベッリーニの署名は、模倣者によって頻繁に使用されたため、真筆性について疑問視されることもありましたが、現在ではベッリーニの作品として広く認められています。署名は中央の奏楽天使の足元にあり、イタリック体の「Ioannes Bellinus」と記されています。

構図と人物

祭壇画の中心には、聖母子が高く座っています。その下には、楽器を奏でる天使たちが配されています。玉座の両側には、聖人たちが対称的に配置されています。左側には聖フランチェスコ、洗礼者ヨハネ、聖ヨブが、右側には聖セバスティアヌス、聖ドミニコ、トゥールーズの聖ルイが描かれています。

聖ヨブは髭を生やし、褌のみを身に着けた姿で描かれています。その対比として、聖セバスティアヌスは若く、髭を剃り、拷問で受けた矢が刺さっているにもかかわらず、苦悶の色は見られず、静かに幼子イエスを見つめています。聖ドミニコは書物を手に持ち、勤勉な人物として描かれています。その反対側には、髭を生やした洗礼者ヨハネがキリストを見つめています。聖ルイは、高い地位の聖職者の服装で教会の宗教性を表しています。聖フランチェスコは、鑑賞者の方を向き、手を差し伸べているのが特徴です。

ベッリーニは、サン・ジョッベ教会の古くからの後援者である聖ヨブを、聖母子に最も近い位置に置くことで、彼を称えています。また、アーチ型のヴォールトを描くことで、ヴェネツィアのサン・マルコ寺院を暗示しています。

ベッリーニの聖母子像で、玉座の隣に聖人の全身像を描いている作品は少なく、『サン・ジョッベ祭壇画』はその稀な例の一つです。

空間表現と象徴

祭壇画の上部にある格間ヴォールトは、サン・マルコ寺院の建築を参照しています。ベッリーニは、架空の礼拝堂を創造し、本来はありえない聖人たちを一堂に集めました。また、漆喰の柱が祭壇画を囲み、聖マルコ大聖堂の構造を再現しています。この架空の空間に聖なる人物を配置する技法は、当時のヴェネツィア美術にとっては新しいものであり、後のヴェネツィア派の芸術家たちによって頻繁に用いられるようになりました。

当時の聖会話の絵画は、空の描写や外の世界に開かれた構造を持つのが一般的でしたが、『サン・ジョッベ祭壇画』は内部空間に設定されている点が特徴です。これは、マルティーニ礼拝堂の反対側に礼拝堂がないことを補うための工夫でした。

絵画の上部は、遠近法で描かれた格間天井が特徴で、その側面には、本物の柱を模倣した柱が配されています。聖母の背後には暗い壁龕があり、ヴェネツィア様式の金色のモザイク装飾が施されています。本作は、単一祭壇画（多翼でない祭壇画）の初期の例であり、アントネロ・ダ・メッシーナの影響を強く受けています。

幾何学と記号

ルネサンス期において、三角形は神の重要な象徴でした。本作でも、人物配置の中に三角形の構図が見られます。また、人物の配置は、中央の垂直線を挟んで対称性を成しています。聖ヨブと聖セバスティアヌス、洗礼者ヨハネと聖ドミニコ、聖ルイと聖フランチェスコは、それぞれ対照的な存在として描かれています。

本作は聖会話の作品であり、異なる時代に生きた聖人たちが一つの場所に集い、聖母子を取り囲んでいます。ベッリーニの聖会話の特徴は、人物たちが互いに相互に関わっているように見える点です。天使たちは聖ヨブを見つめ、聖ヨブは聖母を見つめます。聖フランチェスコは、鑑賞者を架空の場面に誘い入れます。当時のヴェネツィア絵画では珍しい内部空間に設定されており、人物が完全に等身大で描かれている点も特徴です。

絵画には、聖母の無原罪性を強調する要素も含まれています。アーチ型天井の上の聖母の手のポーズや、ラテン語の文「Ave Virginei Flos Intemerate Pudoris」がその例です。聖フランチェスコは、聖痕を通じて自身の神聖さを示しています。聖母子の足元にいる天使の奏楽者たちは、楽器を正確に描き、聖ヨブとの関係性を示唆しています。

1485年の疫病（粟粒熱）が、本作の制作に大きな影響を与えました。ペストを象徴する聖セバスティアヌス、ペストのような病による苦しみを象徴する聖ヨブが描かれています。聖ヨブ同心会は、元々ペストに対応して建てられたホスピスであり、これらの聖人たちと、その信仰によって患者に希望を与えるというテーマが描かれています。

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『サン・ジョッベ祭壇画』は、ジョヴァンニ・ベッリーニの才能を示す傑作であり、ルネサンス美術の重要な遺産として、今もなお多くの人々を魅了しています。

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