サン・マルコ財務官ヤコポ・ソランツォの肖像

作品概要

『サン・マルコ財務官ヤコポ・ソランツォの肖像』は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する巨匠ティントレットが、1550年頃に制作した油彩の肖像画です。ヴェネツィアの元首に次ぐ高位の役職、サン・マルコ財務官を務めたヤコポ・ソランツォを描いたもので、ティントレット初期の肖像画を代表する傑作として知られています。現在、この作品はヴェネツィアのアカデミア美術館に所蔵されており、また、異なるバージョンがミラノのスフォルツェスコ城絵画館にも所蔵されています。

人物：ヤコポ・ソランツォ

ヤコポ・ソランツォ（1467年 - 1551年）は、ヴェネツィア有数の富裕な貴族、ソランツォ家の当主でした。1522年、ロドス島包囲戦の戦費調達のため、官公庁の公売が行われた際、サン・マルコ財務官の職に就任しました。サン・マルコ財務官は、元首に次ぐ高位の役職で、公的事業や遺贈資産の管理運用を監督する終身職でした。この役職は、サン・マルコ聖堂を管轄する「プロクラトーレ・デ・スプラ」、カナル・グランデの東側3地区を管轄する「プロクラトーレ・デ・チトラ」、西側3地区を管轄する「プロクラトーレ・デ・ウルトラ」の3つに分かれていました。

ソランツォ家は早くからティントレットの支援者であり、1540年代には、サン・ポーロ地区の邸宅ファサードにフレスコ画を依頼しています。また、本作の少し前には、スフォルツェスコ城絵画館所蔵の家族肖像画を制作させ、その後も一族の肖像画を数点制作しています。

作品の特徴

ティントレットは、ヤコポ・ソランツォを公式の肖像画のポーズで描いています。ソランツォは真紅のローブを身に着け、視線を左に向けています。老境に達した彼の目は落ちくぼんでいますが、その眼光は鋭く、死を目前にしてもなお、その知性と威厳は失われていません。人物の背後には赤いカーテンが引かれ、右隅の窓からはドゥカーレ宮殿の一部と思われる建築風景が見えます。これは、サン・マルコ財務官の執務室がドゥカーレ宮殿内にあることを示唆しています。

ティントレットは、ルネサンス期の肖像画の規範にとらわれず、モデルの内面を鋭く洞察し、独自の解釈で肖像画を描き上げました。その筆遣いは驚くべき精度で、ソランツォの顔の特徴を捉え、痩せた身体、燃えるような瞳、白い髪と髭を、光の微妙な効果によって見事に表現しています。さらに、ベルベットの深い色調と光沢が、画家の表現力を際立たせています。

画面上部には、「ヤコポ・ソランツォ、1522年」（IACOBVS SVPERANTIO MDX[X]II）というラテン語の銘文があり、人物の名前とサン・マルコ財務官に就任した年が明記されています。また、画面右端に別の人物の右肩が見えることから、元々は複数の人物が描かれた多重肖像画であったこと、そして画面上部が半円形であったことが指摘されています。

作品の変遷

この作品は、もともと多重肖像画でしたが、ドゥカーレ宮殿の改築の際に、ティントレット自身またはその息子ドメニコによって現在の形に修正されたと考えられています。その後、サン・マルコ財務官の執務室に飾られていましたが、1812年にアカデミア美術館に収蔵されました。

帰属と制作年代

作品の帰属については、アカデミア美術館に収蔵された当初はティツィアーノ・ヴェチェッリオの作品とされていましたが、その後ティツィアーノとティントレットの間で意見が分かれました。しかし、1957年の修復を経て、ティントレットの作品であることが定説となりました。制作年代は、ソランツォが死去する直前の1550年頃と推定されています。

作品が語るもの

『サン・マルコ財務官ヤコポ・ソランツォの肖像』は、単なる肖像画としてだけでなく、ティントレットの芸術的な力量と、モデルであるヤコポ・ソランツォの人物像を深く物語る作品です。その卓越した筆致と光の表現は、ルネサンス肖像画の新たな地平を切り開いたと言えるでしょう。

参考資料

黒江光彦監修『西洋絵画作品名辞典』（三省堂、1994年）
越川倫明監修『アカデミア美術館所蔵ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち』（国立新美術館、TBSテレビ、2016年）
* アカデミア美術館公式サイト, ティントレット『サン・マルコ財務官ヤコポ・ソランツォの肖像』

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