サービア教徒

サービア教徒とは

サービア教徒（サービアきょうと、アラビア語: صابئی、英語：Sabians）とは、イスラームの聖典クルアーンにおいて「啓典の民」として言及される人々のことです。しかし、クルアーンが指す「サービア教徒」が具体的にどの宗教を信仰する人々を指すのかは、長らく謎とされてきました。また、歴史的な経緯から、本来のサービア教徒ではない人々が自称したり、慣習的にサービア教と呼ばれるローカルな宗教に属する人々も、この名で呼ばれることがあります。

クルアーンにおけるサービア教徒

クルアーンでは、サービア教徒は「啓典の民」として3箇所で言及されています。しかし、具体的にどの宗教を指しているのかは不明です。一部では、古代南アラビアのサバア王国との関連も指摘されますが、有力な説としては、イスラーム成立当時のイラク南部に存在したグノーシス的なキリスト教の一派、またはマンダ教徒を指すという見解が有力です。

アラビア語で「サービア教徒」を構成する語根が「水に漬ける」という意味を持つことから、クルアーンが指すサービア教徒は何らかの洗礼儀礼を持っていたと考えられます。古い文献には、星辰崇拝者とする記述もありますが、これは後述するハッラーンの「偽サービア教徒」との混同によるものと思われます。

イラクの「サービア教徒」

マンダ教徒

ヨルダン川流域に興り、3世紀頃にイラク南部に移住したマンダ教徒（マンダヤ教徒、マンデ人）は、サービア教徒と呼ばれることがあります。クルアーンが指す「サービア教徒」がマンダ教徒であるという見解もありますが、確実な証拠はありません。イスラームによるイラク征服後、マンダ教徒はハッラーンの星辰崇拝者と同じく、安全保障のためにサービア教徒を自称したか、イスラーム側の誤解によってそう見なされたという説もあります。

マンダ教徒は洗礼儀礼を重視し、グノーシス的な世界観を持っています。ユダヤ教やミトラ教とも関連がありますが、創造神プタヒルを下等神とし、モーセ、イエス・キリスト、ムハンマドを偽預言者とみなします。洗礼者ヨハネを崇敬するのは、イスラーム支配下で啓典の民として認めてもらうための便宜的な措置であると考えられています。現在もイラク南部からイランにかけて分布しており、イラク情勢に関連する文脈で「サービア教徒」という言葉が出てくる場合は、マンダ教徒を指すことが多いです。

スッバ

イラク南部からイランにかけて分布するスッバという少数派宗教集団も、サービア教徒と呼ばれることがあります。スッバの歴史や信仰詳細は不明ですが、洗礼儀礼を持つことから、ユダヤ教またはキリスト教の系列に属すると考えられています。「スッバ」という言葉自体がアラビア語で「洗礼の徒」を意味するため、同様に洗礼儀礼を持つマンダ教徒と混同されることがあります。

ハッラーンの「偽サービア教徒」

9世紀頃、シリアのハッラーンに住む星辰崇拝者たちは、アッバース朝の支配下で安全を確保するためにサービア教徒を自称しました。クルアーンに登場するサービア教徒の実態が不明であったため、自分たちの信仰を変えることなくイスラーム社会に組み込まれることができたのです。イスラームの歴史において「サービア教徒」という場合、このハッラーンの住民とその子孫を指すことが多いです。

ハッラーンの「偽サービア教徒」は、独自のコミュニティを築き、学術研究を通じてイスラーム文化に貢献しました。彼らはギリシャ語、シリア語、アラビア語に堪能であったため、古代ギリシャの学術書の翻訳に貢献し、イスラーム科学の発展に大きく寄与しました。ハッラーンのサービア教徒は、その後イスラーム社会に同化して消滅しましたが、その信仰がヤズディ教の起源であるという説もあります。

ハッラーンは古代から月神シンの崇拝の中心地であり、後期ヘレニズム文化の中心地でもあったため、イスラーム時代には新プラトン主義の影響を受けた星辰崇拝が行われていました。中世のイスラーム世界では、サービア教徒という言葉は星辰崇拝者の同義語として用いられることが多かったのです。

「偽サービア教徒」に連なる著名人

ハッラーンの「偽サービア教徒」の子孫には、イスラーム文化史上に名を残した人物が多くいます。

サービト・イブン＝クッラ（翻訳者、医学者、数学者、天文学者）
バッターニー（数学者、天文学者）
イブン＝ワッシーヤ（10世紀の農学者、『ナバテア人の農書』の著者）
アブー・イスハーク・サービー（歴史家、書記術の大家）
* ヒラール・サービー（歴史家、アッバース朝の宮廷書記）

これらの人物は、ギリシャ語やシリア語の知識を生かして、古代ギリシャの学問をアラビア語に翻訳し、イスラム科学の発展に貢献しました。中にはイスラームに改宗した者もいますが、彼らの多くはハッラーンのサービア教徒の伝統を受け継いでいます。

ニューエイジ思想における「サービア教徒」

現代アメリカのニューエイジ運動では、サービア教徒の信仰がヘルメス思想やミトラ教と結びつけて解釈され、独特の秘教的なイメージで人気を集めています。ニューエイジのグループの中には、サービア教徒を名乗るものも多く存在します。

まとめ

サービア教徒は、クルアーンに登場する謎多き集団であり、その実態は歴史的にさまざまな解釈がなされてきました。マンダ教徒、ハッラーンの星辰崇拝者、そして現代のニューエイジ思想まで、多岐にわたる文脈で語られる「サービア教徒」は、その複雑な歴史と文化を映し出す鏡と言えるでしょう。

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