シグナルペプチド

シグナルペプチド：タンパク質の輸送を司る標識

シグナルペプチドとは、タンパク質分子内に存在する短いアミノ酸配列であり、細胞質で合成されたタンパク質が、細胞内の特定の場所へ輸送されるための「標識」として機能します。このペプチド配列は、通常3から60アミノ酸程度で構成され、タンパク質の輸送先を決定する上で非常に重要な役割を果たします。シグナルペプチドは、翻訳開始点の上流部分に位置しており、リボソームとの結合に関与しています。また、真核生物では一般的に翻訳されませんが、原核生物ではアテニュエーター配列を含むことがあります。

シグナルペプチドの多様な呼び名

シグナルペプチドは、その機能や発見の経緯から、以下のように様々な名前で呼ばれることがあります。

シグナル配列
局在シグナル
輸送シグナル
移行シグナル
リーダー配列
リーダーペプチド

シグナルペプチドの発見と機能

最初に発見されたシグナルペプチドは、細胞外へ分泌されるタンパク質の輸送（特に小胞体への輸送）を指示する配列でした。このため、当初は特にこの配列を「シグナルペプチド」と呼んでいましたが、その後、細胞内の様々なオルガネラ（ゴルジ体、核、ミトコンドリア、葉緑体、ペルオキシソームなど）への輸送や局在化を指示するシグナルペプチドが次々と発見されました。

小胞体シグナルペプチド

小胞体シグナルペプチドは、最も研究が進んでいるシグナルペプチドの一つです。このペプチドは、タンパク質分子のアミノ末端（N末端）に位置し、5〜10個程度の疎水性アミノ酸を中心とする配列で構成されています。

翻訳開始から小胞体への輸送

1. リボソームが翻訳を開始し、まずシグナルペプチドが合成されます。
2. シグナル認識粒子（SRP）が、このシグナルペプチドを認識します。SRPはGTP結合性の調節タンパク質です。
3. SRPが結合すると、一時的に翻訳が中断されます。SRPはリボソームと結合し、さらに小胞体膜上のSRP受容体と結合します。これにより、リボソームが多数結合した状態の小胞体を粗面小胞体と呼びます。
4. シグナルペプチドがSRPから解離し、小胞体膜にある小孔を通過して小胞体内部に移動するとともに、翻訳が再開され、タンパク質が小胞体内に押し込まれます。
5. 膜タンパク質はそのままの形で輸送されますが、分泌タンパク質の場合は、シグナルペプチドが小胞体内のペプチダーゼによって切断されます。

その後のタンパク質の運命

小胞体内に輸送されたタンパク質は、その後、ゴルジ体に輸送されます。ただし、小胞体保留シグナル（カルボキシル末端（C末端）にある4つのアミノ酸を中心とする配列）を持つタンパク質は、小胞体に戻されます。また、他のシグナルペプチドを持つタンパク質は、ペルオキシソームなど他の細胞小器官に輸送され、それ以外のタンパク質は細胞外へ分泌されます。

その他の輸送シグナルペプチド

核局在シグナル（NLS）

核局在シグナル（NLS）は、タンパク質を核膜孔を通して核内に輸送する役割を担います。このシグナルは、ペプチド鎖の内部に位置し、塩基性アミノ酸で構成されています。

核小体局在シグナル（NoLSまたはNOS）

核小体局在シグナル（NoLSまたはNOS）は、タンパク質をさらに核内の核小体へ局在化させるためのシグナルです。

核外移行シグナル（NES）

逆に、核内からタンパク質を核外に輸送する役割を担う核外移行シグナル（NES）も存在します。

ミトコンドリアマトリックスシグナル（MTS）

ミトコンドリアマトリックスシグナル（MTS）は、ミトコンドリアのマトリックス（内膜の内側の空間）へタンパク質を輸送するシグナルです。疎水性アミノ酸と塩基性アミノ酸が交互に現れるパターンで構成されています。

ペルオキシソームターゲティングシグナル（PTS）

ペルオキシソームへの輸送を指示するシグナルペプチドには、PTS1とPTS2の2つのタイプがあります。PTS1はC末端の3アミノ酸からなり、PTS2は9アミノ酸からなり、多くはN末端近くに位置します。

シグナル配列の具体例

以下に、代表的なシグナル配列の例を示します。

小胞体移行: H2N-Met-Met-Ser-Phe-Val-Ser-Leu-Leu-Leu-Val-Gly-Ile-Leu-Phe-Trp-Ala-Thr-Glu-Ala-Glu-Gln-Leu-Thr-Lys-Cys-Glu-Val-Phe-Gln-
小胞体保留: -Lys-Asp-Glu-Leu-COOH
核移行（NLS）: -Pro-Pro-Lys-Lys-Lys-Arg-Lys-Val-
ミトコンドリアマトリックス: H2N-Met-Leu-Ser-Leu-Arg-Gln-Ser-Ile-Arg-Phe-Phe-Lys-Pro-Ala-Thr-Arg-Thr-Leu-Cys-Ser-Ser-Arg-Tyr-Leu-Leu-
ペルオキシソーム（PTS1）: -Ser-Lys-Leu-COOH
ペルオキシソーム（PTS2）: H2N-Arg-Leu-X5-His-Leu-

まとめ

シグナルペプチドは、タンパク質の輸送と局在化において重要な役割を果たしています。これらの配列は、細胞内のタンパク質の運命を決定づけ、生命活動を支える上で不可欠な要素となっています。様々な種類のシグナルペプチドが存在し、それぞれが特定の細胞小器官や細胞外へのタンパク質輸送を正確に制御しています。これらのシグナルペプチドのメカニズムを理解することは、細胞生物学における重要な知見へとつながります。

参考文献

真核生物の翻訳
転写減衰

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