シトロエン・トラクシオン・アバン

シトロエン・トラクシオン・アバン：前輪駆動車の金字塔

シトロエン・トラクシオン・アバン（Traction Avant）は、フランスの自動車メーカー、シトロエンが1934年から1957年まで製造した前輪駆動車です。その名はフランス語で「前輪駆動」を意味しますが、このモデルの圧倒的な成功により、シトロエンを代表する固有名詞となりました。

革新的な技術と高い評価

トラクシオン・アバンは、世界に先駆けて前輪駆動とモノコック構造を採用した乗用車の一つでした。軽量かつ低重心の設計により、優れた操縦性と広々とした室内空間を実現。1930～40年代において、その性能は非常に高く評価され、多くの人々に愛される名車となりました。その卓越した性能は、1999年に全世界の自動車雑誌編集者らによって選出された「カー・オブ・ザ・センチュリー」の100選にも選ばれ、特に傑出した25台にも選出されています。

堅牢な基本構造

トラクシオン・アバンの構造は、パワートレインユニット（エンジンと前輪）とボディの2つに大別できます。パワートレインユニットはボディとボルトで接続されており、高い一体性を確保。前輪には、縦置きトーションバーで支持されたダブルウィッシュボーン式の独立懸架を採用。トランスアクスル（ギアボックスとデファレンシャルギアが一体化）と水冷エンジンが後方に配置され、ラジエーターは前方に設置されています。駆動力は、トランスアクスルから前輪へと伝えられます。

ボディは全鋼製のモノコック構造で、頑丈なフロアパネルにより軽量性と耐久性を両立。前輪駆動のためプロペラシャフトがなく、床面が低く平らで、低重心を実現しました。リアサスペンションは、横置きトーションバーとトレーリングアームによる比較的シンプルな構造でした。ホイールベースの変更が容易だったため、「レジェ」のような小型車から、「ファミリアール」のような3列シートの大型車まで、多彩なバリエーションが展開されました。シフトレバーはインパネシフト方式、ブレーキはロッキード式4輪油圧ブレーキでした。

初期型は、ステアリング操作の重さやジョイントからの振動などが欠点として挙げられますが、全体としては優れた直進安定性と広々とした車内空間を両立した、画期的な設計でした。また、前輪への荷重を最適化することで、前輪駆動車の課題である駆動力の不足を克服しています。

生産と販売

トラクシオン・アバンは、フランスのジャベル工場、ベルギーのフォレ工場、そしてイギリスのスラウ工場などで生産されました。イギリス向けモデルは、関税回避のため部品の多くを英国製とし、内装も英国風にアレンジされていました。その他、デンマークのコペンハーゲンやドイツのケルンでも少量生産されました。

主なモデルには、4気筒の「7CV」「11CV」、6気筒の「15CV」があり、中でも1.9Lエンジンを搭載した「11CV」が主力モデルとなりました。戦前には後輪駆動車「プティ・ロザリー」も並行生産されており、第二次世界大戦勃発後は、しばらく生産が中断されました。戦後は、復興期の社会情勢を反映し、黒色のボディカラーが中心となりました。

1950年代に入っても生産が続けられ、1952年にはトランク容量を増やすマイナーチェンジが行われました。「15CV」は1955年、「11CV」は1957年に、後継車であるシトロエンDSの登場に伴い生産終了。約23年間で約75万9,111台が製造されました。

歴史と開発

シトロエン創業者アンドレ・シトロエンは、常に先進技術の導入に積極的な人物でした。1931年のアメリカ訪問で、前輪駆動車の試作車を目にしたことが、トラクシオン・アバン開発のきっかけと言われています。元航空技術者アンドレ・ルフェーブルが主任設計者となり、わずか2年足らずで開発が完了しました。

当初は、セミオートマチックトランスミッションの採用が検討されていましたが、エンジンのパワー不足やオイルの品質不良などの問題から、最終的にはマニュアルトランスミッションが採用されました。トラクシオン・アバンの生産開始にあたり、ジャベル工場は全面的に改築されましたが、莫大な開発費はシトロエンを経営危機に陥れ、アンドレ・シトロエンは経営から退くこととなりました。

車種とその変遷

最初のモデルである「7CV」は1934年5月に発表され、同年「11CV」、1938年には「15CV-SIX」が発売されました。初期の「7CV」はいくつかの欠点を抱えていましたが、改良が重ねられていく中で、耐久性も向上していきました。ボディスタイルも、ベルリーヌ、ロードスター、クーペ、ファミリアールなど、多様なバリエーションが展開されました。

「15CV-SIX」は、2.9Lの6気筒エンジンを搭載した大型モデルで、最高速度は130km/hに達しました。しかし、重量配分の問題からステアリングが重く、回転半径も大きかった点は課題でした。

記録樹立と軍用徴用

1935年から1936年にかけて、フランスのフランソワ・レコ氏がトラクシオン・アバンで年間40万kmの走行記録を達成しました。これは、当時の道路事情や車の性能を考えると、驚異的な記録と言えるでしょう。

第二次世界大戦中は、ドイツ軍によってトラクシオン・アバンが接収され、軍用車として使用されました。その高い性能は、ドイツ軍からも高く評価されていました。

まとめ

シトロエン・トラクシオン・アバンは、革新的な技術と高い性能を兼ね備えた、名実ともに20世紀を代表する自動車の一つと言えるでしょう。その歴史と技術的功績は、後世の自動車開発に大きな影響を与えました。

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