シャドウズ・イン・ジ・エアー

ジャック・ブルースの音楽世界における新たな挑戦を刻んだ一枚。スコットランド出身の伝説的なミュージシャン、ジャック・ブルースが2001年に世に送り出した『シャドウズ・イン・ジ・エアー』は、彼のソロ名義としては通算12作目のスタジオ録音作品にあたります。

ブルース自身が本作の音楽的方向性について「ラテンの要素を取り入れたサウンド」と位置付けているように、アルバム全体を通してその影響が色濃く反映されています。特に注目すべきは、彼がかつて在籍した伝説的バンド、クリームの代表曲「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」と「ホワイト・ルーム」を大胆にアレンジし直している点です。これらの楽曲は、原曲のロック・フィーリングから一転、躍動的なサルサ・スタイルへと変貌を遂げ、聴き慣れたメロディに新鮮な息吹が吹き込まれています。

過去の自身の音楽的財産への向き合い方はこれだけにとどまりません。本作には、クリーム時代の楽曲に加え、彼が参加した他のプロジェクトからの楽曲も再録されています。例えば、レスリー・ウェストやコーキー・レインとのトリオ、ウェスト、ブルース＆レイングの1972年のデビュー・アルバムに収録されていた「アウト・イントゥ・ザ・フィールズ」が新たな息吹を得て収められています。さらに、自身の初期ソロ・キャリアを代表する1969年の傑作アルバム『ソングス・フォー・ア・テイラー』からも、「ボストン・ボール・ゲーム1967」と「ヒー・ザ・リッチモンド」が選ばれ、現在の解釈で再演されています。このように、過去の重要な楽曲を現在の音楽性を通して再構築することで、キャリアを俯瞰しつつ新たな表現を追求するブルースの姿勢が伺えます。

本作の制作において、ブルースは長年にわたり音楽的な交流を続けてきたキップ・ハンラハンと密接に協力しています。ハンラハンは本作の収録曲の数曲をブルースと共作しただけでなく、共同プロデューサーとしてもサウンド全体の方向性を定める上で重要な役割を果たしました。ハンラハンは、自身の1983年のソロ・アルバム『デザイアー・デヴェロップス・アン・エッジ』にブルースをゲストとして迎え入れたことを皮切りに、その後も継続的にブルースと音楽的な繋がりを保ってきました。この共同作業は本作に留まらず、次作にあたる2003年のアルバム『モア・ジャック・ザン・ゴッド』でもハンラハンはプロデュースを担っており、二人の音楽的パートナーシップの深さがうかがえます。

参加ミュージシャン陣も非常に豪華です。ヴァーノン・リード、ゲイリー・ムーア、そしてクリーム時代の盟友エリック・クラプトンといった著名なギタリストたちが参加し、それぞれ独自のカラーで楽曲に貢献しています。また、ニューオーリンズ音楽の巨匠ドクター・ジョンがピアノとオルガンで参加し、独特のグルーヴを加えています。ベースのブルースを支えるリズム隊には、アンディ・ゴンザレス（ダブル・ベース）、ロビー・アミーン、オラシオ・エルナンデス（共にドラムス）といった実力派が集結。さらに、ミルトン・カルドナやリッチー・フローレスらのコンガ奏者、管楽器奏者などが加わり、アルバムの基調となるラテンやワールドミュージックの要素を豊かに彩っています。これらの多彩な顔ぶれが、ブルースの音楽的ビジョンを実現するための強力なバックアップとなっています。

音楽評論家からの評価としては、オールミュージックのTravis Dragesetが5点満点中2.5点を付けています。彼はレビューの中で、アルバムが一部の書き下ろし新曲と、ブルースのキャリアにおける代表的な楽曲のリメイクで構成されていることに触れつつ、リメイクされた楽曲については「トーンダウンされている」と評しています。この評価は、過去の楽曲を新たなスタイルで再解釈するという本作のアプローチに対する、一つの見方を示しています。

『シャドウズ・イン・ジ・エアー』は、ジャック・ブルースが自己のルーツと向き合いながらも、ラテン音楽など新たな響きを取り入れることでサウンドの幅を広げようとした意欲的な作品と言えるでしょう。豪華ゲストとの共演や、長年のパートナーであるキップ・ハンラハンとの共同作業を通じて生み出されたこのアルバムは、ブルースの尽きることのない音楽的探求心を示しています。過去のファンにとっては懐かしくも新しい驚きがあり、彼の幅広い音楽性を知る上で重要な位置を占める一枚です。

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