シャーロット・パーキンズ・ギルマン

シャーロット・パーキンズ・ギルマン：フェミニズムと矛盾する思想の軌跡

シャーロット・パーキンズ・ギルマン (1860-1935) は、アメリカを代表する作家、活動家であり、第一波フェミニズムの主要な旗手として知られています。その名を不朽のものとしたのは、産後神経症を経験後に執筆された半自伝的小説『黄色い壁紙』です。しかし、彼女の功績は文学作品のみならず、社会改革運動への積極的な参加にも及びます。一方で、人種差別的な優生学への傾倒という、フェミニズムとは相容れない思想も抱えていた複雑な人物像もまた、ギルマンを理解する上で欠かせません。

不安定な生い立ちと初期の経験

1860年、コネティカット州ハートフォードで生まれたギルマンの幼少期は、決して平穏なものではありませんでした。両親は遠い親戚同士であり、結婚生活はわずか3年で破綻。父親は妻子を捨て、母子家庭となった一家は貧困の中で14年間、18回もの転居を繰り返します。この不安定な生活は、ギルマンの女性観、結婚観、経済観に大きな影響を与えました。

学校生活もまた不安定で、7つの学校に通いながら15歳で卒業。母親からは愛情に乏しい扱いを受け、友情や小説を読むことさえ制限されました。孤独と貧困の中で育った彼女は、公共図書館に通い、古代文明を独学で学ぶなど、知的好奇心を旺盛に持ち合わせていました。父親からは数年後に連絡があり、読書のリストを送られるなど、ギルマンの知的探求を後押しする存在でもありました。

ロードアイランド州プロビデンスで青年期を過ごしたギルマンは、男性友人との交友関係を深め、「トムボーイ」と自称するほど奔放な一面も持ち合わせていました。ロードアイランド・スクール・オブ・デザインに入学し、トレードカード制作や家庭教師として生計を立てました。在学中にはマーサ・ルーサーとの恋愛関係にあったと推測されており、残された書簡は当時の彼女の内面を垣間見せてくれます。しかし、この恋愛はマーサの結婚により終わりを告げ、ギルマンは恋愛への嫌悪感を抱くようになります。

結婚、産後神経症、そして離婚

1884年、ギルマンは芸術家のチャールズ・ウォルター・ステットソンと結婚。翌年には娘キャサリンが誕生しますが、この後、彼女は深刻な産後神経症に苦しむことになります。当時の医学界は女性の精神疾患を「ヒステリー」と片付ける傾向があり、ギルマンの苦悩も無視されました。

安静療法を勧めた医師サイラス・ウィアー・ミッチェルの治療は、むしろギルマンの症状を悪化させ、自殺願望にまで至ります。最終的に、夫婦は離婚という決断を下します。1888年に別居、1894年に正式に離婚が成立。離婚後、ステットソンはギルマンの友人グレイスと結婚します。その後、ギルマンはアデリン・ナップと交際するも、この関係も長くは続きませんでした。

フェミニスト活動家としての活躍

離婚後、カリフォルニア州パサデナに移住したギルマンは、抑うつから回復し、フェミニスト、社会改良活動家として精力的に活動を始めます。太平洋女性報道協会、女性同盟など数々の団体に参加し、エッセイ、詩、小説などを執筆。代表作『黄色い壁紙』もこの頃に執筆されています。

1890年代初めからは、女性問題、倫理、労働、人権などをテーマに講演活動を行い、アメリカ全土を巡回しました。1894年には太平洋女性報道協会の週刊誌『ザ・インプレス』の編集も担当。また、アメリカ全国女性参政権協会や第二インターナショナルなどにも参加し、国際的な活動の場でも活躍しました。

1900年には弁護士のホートン・ギルマンと再婚。1909年から1916年にかけては、自身で創刊した雑誌『先駆者』を編集、執筆します。この雑誌は、主流メディアとは異なる視点から、女性解放や社会改革に関する議論を展開する場となりました。

複雑な思想：フェミニズムと優生学、そして人種差別

ギルマンは熱心なフェミニストでしたが、その思想には矛盾した側面もありました。彼女は女性を家父長制社会による抑圧の犠牲者と捉え、女性の解放を訴えました。しかし、同時に人種差別的な優生学思想にも傾倒しており、黒人や移民に対する偏見を表明した文章も残しています。

この矛盾する思想は、彼女の著作にも色濃く反映されています。特に『フェミニジア』は女性だけのユートピアを描いた作品として高く評価されていますが、白人至上主義やジェンダー本質主義、反中絶的な要素も含まれており、批判の対象にもなっています。

晩年と評価

1932年に乳がんと診断されたギルマンは、1935年、夫の死後、安楽死を望みクロロホルムの過剰摂取により自殺しました。

ギルマンは生前、著名なフェミニストとして活躍しましたが、その後は長く忘れられた存在となりました。しかし、1960年代以降、第二波フェミニズムの隆盛とともに、彼女の著作は再評価され、特に『黄色い壁紙』はフェミニズム文学の古典として広く読まれるようになりました。『女性と経済』も第一波フェミニズムへの重要な貢献として高く評価されています。一方で、彼女の人種差別主義、優生学的思想は、今もなお批判の対象となっています。

ギルマンの生涯は、フェミニズム運動における輝かしい功績と、時代に囚われた矛盾する思想の両面を併せ持つ、複雑で興味深いものです。彼女の業績を正しく理解するためには、その複雑さを含めた全体像を捉えることが重要です。

もう一度検索