ショパンのエチュードによる練習曲

『ショパンのエチュードによる練習曲』

『ショパンのエチュードによる練習曲』（英語：Studies on Chopin Etudes）は、ポーランド出身の作曲家フレデリック・ショパンが作曲した有名な練習曲集を基に、レオポルド・ゴドフスキーが大胆な編曲や改作を施して生み出した一連の楽曲、およびその曲集全体を指します。この曲集は全部で53曲の練習曲で構成されています。

構成

ショパン自身が作曲した練習曲は、作品番号が付されていない3曲を含めても、合計27曲にとどまります。これに対し、ゴドフスキー版の練習曲は、原曲のおよそ倍にあたる53曲という数を大きく上回っています。これは、ゴドフスキーが一つのショパンのエチュードから複数の異なる編曲（翻案）を生み出したためです。例えば、同一の原曲に対して、両手のための編曲版と左手のみのための編曲版が存在するといった具合です。

ただし、ショパンの練習曲作品25の第7番のみは、ゴドフスキーによる編曲が出版には至りませんでした（構想自体は存在したとされます）。

曲集全体は53曲から成りますが、通し番号は48番までしか振られていません。これは、ゴドフスキーが自身の編曲をさらに発展させた派生曲に対して、元の編曲と同じ通し番号に記号（アルファベットなど）を付加する形式を用いたためです。

難易度と技巧

この曲集は、その驚異的な演奏至難さで広く知られています。音楽評論家のハロルド・ショーンバーグは、この曲集を「ピアノのために書かれた作品でこれ以上ありえないほど難しい」、すなわち考えうる限り最も困難なピアノ作品の一つと評しています。

技巧面では、特に左手の能力を極限まで磨き上げることに焦点が当てられています。編曲されなかった作品25-7を除く全てのショパンのエチュードに対し、声部の配置を変えるなどした左手のための編曲が施されています。さらに、作品25の第6番、第8番、第11番《木枯らし》、そして新しい3つの練習曲の第3番を除くショパンのエチュードには、左手のみで演奏するための独立した編曲版も存在します。

具体的な例としては、ショパン作品10の第2番に基づく「鬼火（ラテン語：Ignus Fatuus）」が挙げられます。この曲では、ショパンの原曲で右手と左手に分かれていた声部を全て左手が担当し、右手は複雑な三連符のリズムで左手の動きを追いかけるという、異例の構成をとっています。

また、《別れの曲》として知られる作品10の第3番や、《革命のエチュード》作品10の第12番にも、左手単独で演奏するための版が存在します。特に後者の《革命》左手版は、原曲よりも半音高いハ長調に移調されており、これにより技術的な要求がさらに増大しています。

第47番「おふざけ（Badinage）」と名付けられた練習曲では、変ト長調で書かれた2つのエチュード、すなわち作品10の第5番《黒鍵》と作品25の第9番《蝶々》の主要な旋律を同時に演奏するという、ユニークな試みがなされています。これは、単なる編曲を超えた、ゴドフスキーならではの遊び心と高度な作曲技法を示す例と言えるでしょう。

演奏と録音

この難曲集の演奏は極めて限られており、全曲を録音したりコンサートで披露したりするピアニストは非常に少ないです。

過去には、全曲演奏より前の段階で、一部の抜粋曲が録音されています。ゴドフスキー自身の門下生であるホルヘ・ボレット（7曲）や、右手を負傷していた時期に左手用の作品を演奏したミシェル・ベロフ（左手用7曲）、そしてゴドフスキーの娘婿であるデヴィッド・サパートンらが抜粋の録音を遺しています。中でもヴラディーミル・ド・パハマンによる1912年の左手用『革命』の録音は、この曲集からの最も初期の録音の一つと考えられています。

これまでに全曲録音を完成させたピアニストは、延べ5名のみです。具体的には、ジョフリー・ダグラス・マッジ、カルロ・グランテ（彼は二度の全曲録音を行っています）、マルカンドレ・アムラン、エマヌエーレ・デルッキ、コンスタンティン・シチェルバコフといった面々です。これらの録音は、それぞれDante、Altarus/Music & Arts、Hyperion、Brilliant Classics、Marco Poloといったレーベルからリリースされています。

また、コンサートにおいてこの53曲全てを連続して演奏するという偉業を成し遂げたのは、現在のところカルロ・グランテとフランチェスコ・リベッタの二人だけです。興味深いことに、全曲演奏やそれに近い規模の録音に挑んだのは、今のところ男性ピアニストに限られており、女性ピアニストでこの難曲集から数十曲規模の録音をまとめた例は、まだ見られません。

全曲録音を行ったマルカンドレ・アムランは、カルロ・グランテによる全曲演奏に触れた際の印象として、「ゴドフスキの音楽は極めて濃厚なので、前半だけで聴いていてちょっとした負担を感じました」と語っており、そのため「一度に数曲以上は聴かない方がよ」く、自身も「一度に弾くのは七曲まで」と推奨しています。

2020年現在の状況では、マッジ盤やグランテの旧録音盤はレーベルの活動停止などにより入手が困難な状況ですが、グランテの新録音盤、アムラン盤、デルッキ盤、シチェルバコフ盤は現在でも比較的容易に入手できます。

この他、作曲家でもあるデイビット・スタンホープが作品10の全編曲と作品25の一部の編曲をCDおよびDVDで収録しているほか、イアン・ホブソンやイヴァン・イリッチといったピアニストによる選集や抜粋録音も存在します。日本国内では、覆面ピアニストとされるミヒャエル・ナナサコフによる、譜面を忠実に再現したと評される演奏録音も旧盤・新録音盤ともに注目を集めました。近年では、ボリス・ベレゾフスキーが53曲の中から11曲を選んで録音しています。なお、ジョイス・ハットーと名付けられたピアニストによる全曲録音とされた音源は、カルロ・グランテの音源を不正に使用・加工したリリースであることが判明しています。

出版

この曲集の楽譜は、当初ROBERT LIENAU MUSIKVERLAGから全5巻で出版されていましたが、同社が全曲の版権を保持していました。その後、著作権保護期間の満了に伴いパブリックドメインとなり、現在ではCarl Fischer社から全曲が一冊にまとめられた版が入手可能です。

このゴドフスキー版『ショパンのエチュードによる練習曲』は、ショパンの原曲とは全く異なる、ピアノ音楽における超絶技巧の一つの到達点を示すものとして、現在も研究や挑戦の対象となっています。

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