シート・ミュージック

概要と背景

1974年に発表された10ccのセカンドアルバム『シート・ミュージック』（原題: Sheet Music）は、彼らの初期キャリアにおける重要な成功作です。UKレコードからカタログ番号UKAL 1007としてリリースされた本作は、イギリスのチャートで9位、アメリカでは81位を記録し、バンドの人気を確固たるものにしました。特に「ウォール・ストリート・シャッフル」と「シリー・ラブ」といったシングル曲は広く知られています。このアルバムは、メンバー自身がプロデュースを手掛け、エリック・スチュワートがエンジニアおよびミキサーを担当するという、セルフ・プロデュース体制で制作されました。

制作秘話と創造性の高まり

『シート・ミュージック』の制作時期は、バンドの創造性が著しく高まっていた瞬間でした。元ドラマーのケヴィン・ゴドレイは、当時のレコーディング・セッションについて、後に「創造性が爆発し始め、あらゆる境界線を取り払っていた時期だった」と振り返っています。メンバー同士が「刺激を与え合い、自分たちの能力を最大限に引き出そうとしていた」と述べ、セッションには「大きな興奮とエネルギーがあり、最も重要だったのは、どんな可能性にも臆することなく挑戦していく純粋さだった」と語っています。

興味深いエピソードとして、レコーディングが行われていたスタジオを、当時ポール・マッカートニーが彼の弟マイクのアルバム『マクギア』の制作のために使用していました。両者はスタジオの時間を効率的に使うため、昼夜交代でレコーディングを行っていました。グレアム・グールドマンは、この時期にポールのドラムキットをバンドが使用したことや、制作過程でポールから受けた音楽的な影響についても言及しています。

楽曲の多様性とエピソード

本作に収録された楽曲群は、10cc特有の実験精神、ユーモア、そして卓越した音楽性が融合したものです。「とってもイカしたイモ・バンド」（原題: The Worst Band in the World）には、歌詞に放送コードに触れる部分が複数含まれていました。そのため、英国ではラジオ放送用のプロモーション盤として歌詞が一部変更されました。しかし、ベルギー、日本、フランスでリリースされたシングル盤では、この変更後の「Lyric Two」ヴァージョンが正規盤として採用されました。これにより、特に日本では、アルバム収録版とシングル盤で歌詞が異なるという珍しい状況が生まれました。

A面最後の曲である「時計じかけのクリープ」（原題: Clockwork Creep）は、その短く速い展開が特徴的です。この曲の主題は、ジャンボジェット機に仕掛けられた爆弾が爆発するまでの数分間をカウントダウンするという、緊迫した状況を表現しています。また、「サメディ男爵」（原題: Baron Samedi）は、映画『007 死ぬのは奴らだ』に登場する同名のキャラクターから着想を得て書かれた楽曲です。

批評家および後世の評価

リリース当時、『シート・ミュージック』は音楽批評家から高い評価を得ました。1974年のローリング・ストーン誌でチャーリー・ウォルターズは、バンドが「スタンダードなポップミュージックに彼ら独自の創作を織り交ぜた、凝った芸術」を展開していると評し、これは当時の一般的なAMラジオで好まれるようなポップミュージックとは一線を画していると述べました。ビルボード誌も、彼らの音楽を「ばかげているに違いない」と表現しつつも、「注意深く聴けば決してばかげてはおらず」、「数多くの革新的なボーカル技術や楽器のアレンジ」が光る作品であると評価しました。

後年の評価も揺るぎないものとなっています。音楽データベースAllmusicのデイヴ・トンプソンは、本作が「長きにわたり評価され続けている」作品であり、「おそらく彼らが手がけたアルバムの中で最も大胆な冒険作」であると評しています。さらに、『死ぬ前に聴くべき1001枚のアルバム』にも選出され、ジョージ・ダーバローからは「卓越した技術と極めて個性的なポップセンスが融合した」、「創意工夫に満ちた」作品として称賛されています。

メンバーによる傑作評と再現ライブ

バンドのメンバー自身も、『シート・ミュージック』をキャリアにおける最高傑作の一つとして位置付けています。元ドラマーのケヴィン・ゴドレイは、自身の好きな10ccのアルバムとして本作を挙げています。そして、グレアム・グールドマンもまた、このアルバムを10ccにとってのベストアルバムであると考えており、自身のウェブサイトで「10ccのすべてが凝縮された我々の最高傑作。ユニークな作曲と制作が光る作品だ」と記しています。

このアルバムへの根強い評価とメンバーの愛情は、後のライブ活動にも形となって現れました。グレアム・グールドマン率いる10ccは、2015年2月から始まった英国ツアーにおいて、翌年秋までの約2年間にわたり『シート・ミュージック』全曲を曲順通りに演奏する「再現コンサート」を行いました。この特別な公演は2部構成で、第1部でアルバムを完全に再現し、第2部でバンドの代表的なヒット曲を披露するという内容でした。特に注目を集めたのは、アルバム収録曲「ハリウッドのどこかで」のパフォーマンスです。この曲の本来のリード・ボーカルであるケヴィン・ゴドレイは当時のツアーには参加していませんでしたが、彼は事前にスタジオで自身の歌唱映像を別撮りし、ライブではその映像がヴィデオ・スクリーンに映し出されました。バンドはスクリーンのゴドレイの歌声と完全にシンクロした演奏を行い、観客を驚かせ、感動させました。

アルバムデザインと収録曲リスト

アルバムの視覚的なイメージを決定づけるジャケットデザインは、ピンク・フロイドなどの仕事でも知られる著名なデザイン集団、ヒプノシスが担当しています。

本作には、以下の楽曲が収録されています。

収録曲

A面
1. ウォール・ストリート・シャッフル (The Wall Street Shuffle) – 3:54
2. とってもイカしたイモ・バンド (The Worst Band in the World) – 2:49
3. ホテル (Hotel) – 4:54
4. オールド・ワイルド・メン (Old Wild Men) – 3:21
5. 時計じかけのクリープ (Clockwork Creep) – 2:46

B面
1. シリー・ラヴ (Silly Love) – 4:01
2. ハリウッドのどこかで (Somewhere in Hollywood) – 6:39
3. サメディ男爵 (Baron Samedi) – 3:46
4. 踊ろうサクロイリアクを (The Sacro-Iliac) – 2:33
5. オー・エフェンディ (Oh Effendi) – 2:49

参加メンバー

エリック・スチュワート – ギター、キーボード、ヴォーカル
グレアム・グールドマン – ベースギター、ギター、パーカッション、ヴォーカル
ロル・クレーム – ギター、キーボード、パーカッション、ヴォーカル
ケヴィン・ゴドレイ – ドラム、パーカッション、ヴォーカル

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