ジェネラル・スローカム

ジェネラル・スローカム号（General Slocum）は、かつてアメリカ合衆国ニューヨーク港で運航されていた遊覧船です。南北戦争で活躍したヘンリー・W・スローカム将軍にちなんで名付けられました。

この船は1891年に建造された約1300トンの蒸気船で、両舷に外輪を持つ古風な設計でした。当時既に主流はスクリュープロペラ船に移っていましたが、遊覧目的のため意図的に伝統的なスタイルが採用されていました。ニューヨーク港からイースト川を巡る観光航路で人気を博していましたが、就航中には何度か座礁や衝突事故を起こしていました。

しかし、ジェネラル・スローカム号が歴史に名を刻むことになったのは、1904年6月15日の悲劇的な事故によってでした。この日、約1360人の乗客を乗せて出港した船は、イースト川を航行中に船体中央部の物置部屋から原因不明の火災が発生しました。

事故の被害が甚大となった背景には、いくつかの要因が挙げられます。まず、船の安全設備が極めて不十分でした。救命ボートは頑丈に固定されており、いざという時に容易に取り外せませんでした。救命胴衣も製造から13年が経過し、風雨にさらされて劣化が進んでおり、実用的な状態ではありませんでした。さらに、乗務員の多くが船上での緊急対応に慣れていない港湾作業員であり、初動の消火活動はおざなりでした。加えて、火災発生時に不用意に窓や扉が開け放たれたことで、火は風を受けて急速に船全体に燃え広がりました。

火災発生時、船は川岸に近く、直ちに接岸していれば多くの命が助かった可能性が高かったにも関わらず、船長はその選択をしませんでした。沿岸の石油タンクや木造建築への延焼を恐れたためともされますが、船長は数キロメートル先の島への擱座（座礁）を目指し、火災が広がる中で船を全速力で川を上り続けました。これは結果的に、多くの乗客の脱出機会を奪う致命的な判断誤りとなりました。

船が前進を続ける間にも火炎は船尾へと燃え広がり、炎と煙に追いつめられた多くの乗客が、救命胴衣が機能しない中で次々と川へと飛び込み、溺死しました。ようやく島にたどり着いた際も、砂浜ではなく岩礁に船体を激突させてしまい、生存者は炎と水に挟み撃ちにされる過酷な状況に置かれました。さらに、回転を続ける外輪に巻き込まれて命を落とす者もいました。

駆けつけた他の船や消防隊による救助活動も行われましたが、この事故による死者は1031人に達しました。これは当時のアメリカにおける単一の事故としては、記録的な規模の犠牲者数でした。特に、ニューヨークのドイツ系移民が多く暮らす「リトル・ジャーマニー」地域は深刻な影響を受けました。この日の航海は地元の教会のピクニックのためであり、犠牲者の多くが女性や子供であったため、コミュニティは深い悲しみに包まれました。

事故後、船長には懲役10年の実刑判決が下されましたが、他の乗務員や船会社は法的な処罰を免れました。

ジェネラル・スローカム号自体は、水線下への損傷が比較的軽微だったため、サルベージされてはしけ「マリーランド」として再利用されました。しかし、その「第二の船生」も長くは続かず、1911年12月11日に沈没しました。その後の1994年には、クライブ・カッスラーらによって沈没地点が特定されています。

このジェネラル・スローカム号の火災事故は、適切な安全管理と緊急時対応の重要性を浮き彫りにする、痛ましい歴史的な教訓として語り継がれています。

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