ジェーンへの手紙

『ジェーンへの手紙』は、1972年に製作された、ジャン＝リュック・ゴダールとジャン＝ピエール・ゴランが共同監督した映画です。ジガ・ヴェルトフ集団という、ゴダールが中心となって結成した映画製作集団の最後の作品であり、同集団が製作した『万事快調』への「追伸」という位置づけで制作されました。

この映画の主題は、ベトナムを訪問したジェーン・フォンダに対する批判です。ゴダールとゴランは、熱心なマルクス主義者、マオイストとして、フォンダを「にわか反戦左翼のブルジョワ」と見なし、彼女の写真を素材に、その姿勢を痛烈に批判します。映画では、週刊誌に掲載されたフォンダの写真が、ほぼ唯一の視覚的素材として用いられています。その写真に対し、ゴダールとゴランは、行ったり来たりするスタイルでナレーションを交えながら、記号論的な分析を加え、写真を徹底的に「脱構築」していきます。フォンダがマスコミで「ハノイ・ジェーン」と呼ばれていたことについても、帝国主義的な商品価値の付加に過ぎないと批判的に捉えています。

映画全体は、52分という短尺ながら、写真の記号論的分析という、ゴダールの映画表現における実験的な試みとして注目に値します。一枚の写真から、政治的思想、メディアの役割、イデオロギーの欺瞞といった多様なテーマが、巧みな編集とナレーションによって展開されていきます。この手法は、後のゴダールの作品にも影響を与え、『うまくいってる?』（1978年）や、『たたえられよ、[[サラエヴォ]]』（1993年）などでも類似の手法を見ることができます。

『ジェーンへの手紙』は、1972年10月10日にニューヨーク映画祭で初上映されました。その上映をもってジガ・ヴェルトフ集団は解散し、ゴダールとゴランはそれぞれ別の道を歩むことになります。ゴランは次の映画の製作に取り組みますが、トラブルにより未完に終わってしまいます。ゴダールはアンヌ＝マリー・ミエヴィルとともにグルノーブルに移住し、ソニマージュという映画製作会社を設立。その後、『ジェーンへの手紙』を含む作品のリリースは、ソニマージュが管理することになりました。

この作品は、ゴダールにとって、いわゆる「政治の時代」の集大成ともいえる作品です。熱烈な政治的思想を背景に、既存の映画表現を覆すような実験的な手法を用いて、当時の政治状況やイデオロギーへの批判を鮮烈に表現しています。その過激なまでの政治的姿勢と、独創的な映像表現は、現在でも多くの映画ファンや研究者を魅了し続けています。2005年には、米国クライテリオン・コレクションからリリースされた『万事快調』のDVDにエクストラとして収録され、より多くの人に観られる機会が得られるようになりました。

『ジェーンへの手紙』は、ゴダールとゴラン、そしてジガ・ヴェルトフ集団の軌跡を知る上で欠かせない作品であり、現代においてもその政治的メッセージと実験的な映像表現は新鮮に響きます。マオイズム、記号論、ベトナム戦争といったキーワードを通して、ゴダールの政治思想を理解する上での重要な手がかりとなるだけでなく、映画表現の可能性を広げる実験作品としての意義も持ち合わせています。

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