万事快調

『万事快調』：ゴダールとジガ・ヴェルトフ集団の遺作にして問題作

1972年、ジャン＝リュック・ゴダールとジャン＝ピエール・ゴランが共同監督した映画『万事快調』（原題：Tout va bien）は、彼らの活動拠点であった「ジガ・ヴェルトフ集団」の8作目であり、ひとつの時代の終わりを告げる作品と言えるでしょう。ゴダールが1968年の「商業映画との決別宣言」以降、政治的・実験的な映画制作に傾倒していた時期の作品であり、その集大成とも言うべき内容となっています。

国際的なスター俳優陣と政治的メッセージ

本作は、当時、国際的なスターであったジェーン・フォンダとイヴ・モンタンを主演に迎えています。これは単なる商業的な判断ではなく、ゴダールたちの政治的な戦略に基づくものでした。ジェーン・フォンダはアメリカを代表する女優として、反戦運動や社会運動への積極的な関与でも知られており、イヴ・モンタンはフランスの良心的左翼として知られる俳優兼歌手でした。彼らを起用することで、映画に強い政治的メッセージを込める狙いがあったと考えられます。

共演陣も、ヴィットーリオ・カプリオーリ、アンヌ・ヴィアゼムスキーなど、個性豊かな面々が名を連ねています。ヴィットーリオ・カプリオーリは、ルイ・マル監督の『地下鉄のザジ』などに出演した実力派俳優であり、アンヌ・ヴィアゼムスキーは当時ゴダールの妻であり、ジガ・ヴェルトフ集団と行動を共にしました。

ストライキと政治闘争：食肉工場での出来事

映画は、アメリカ人ラジオ特派員スーザン（ジェーン・フォンダ）と夫で映画監督のジャック（イヴ・モンタン）が、フランスの食肉工場を取材するところから始まります。しかし、工場では無期限ストライキが発生しており、過激派労働者たちが社長を監禁。スーザンとジャックも工場に閉じ込められてしまいます。

組合代表は過激派の行動を批判し、労働者たちに解散を呼びかけますが、彼らの闘争は止まりません。スーザンとジャックは、社長と労働者たちの間で繰り広げられる葛藤を目の当たりにし、労働者の労働条件について取材を始めます。最終的に軍が介入し、社長は監禁状態から解放されます。

ゴダールの映画論と商業主義への葛藤

映画の中では、ジャックはゴダール自身を反映したキャラクターと言えるでしょう。1968年の「五月革命」以降、商業映画を拒絶し、コマーシャルの演出で生計を立てながら、政治映画を構想している様子が描かれています。一方、スーザンはラジオ局から送られたレポートを却下され、ジャックとの関係も悪化。この工場での出来事をきっかけに、ジャックは自身の政治映画構想をさらに深めていくことになるのです。

映画はスーパーマーケットのシーンで唐突に終わりますが、このエンディングは、現代社会の消費主義や商品に対するゴダールの批判的な視点を示唆していると言えるでしょう。

ジガ・ヴェルトフ集団の終焉とゴダールの新たな出発

『万事快調』は、ジガ・ヴェルトフ集団最後の作品『ジェーンへの手紙』と製作時期が近く、集団の解散とゴダールとヴィアゼムスキーの別離を象徴する作品と言えるでしょう。その後、ゴダールはスチルカメラマンとして参加したアンヌ＝マリー・ミエヴィルと共にパリを離れ、グルノーブルに移住。ビデオ作品を製作する「ソニマージュ」を設立し、商業映画から遠ざかります。再び商業映画の世界に戻るまで、7年の歳月が流れます。

『万事快調』は、ニューヨーク映画祭、ベルリン国際映画祭などに出品され、高い評価を受けました。しかし日本では長らく未公開でしたが、1996年にようやく劇場公開を果たしました。この映画は、ゴダールの複雑な思想と、激動の時代の社会情勢を反映した、重要な作品として、今もなお議論を呼び続けています。

もう一度検索