ジノヴィエフ書簡

ジノヴィエフ書簡：英国政治を揺るがした偽書と陰謀

1924年、英国を震撼させた「ジノヴィエフ書簡」事件。これは、ソ連の政治家グリゴリー・ジノヴィエフが、イギリス共産党に宛てたとする文書で、イギリス社会における革命扇動を指示する内容でした。当時、保守党に次ぐ第二党であった労働党が、自由党の協力を得て初めて政権を獲得していましたが、この書簡の公開は、社会に衝撃を与え、労働党政権を崩壊へと導く大きな要因となりました。

事件の背景：不安定な労働党政権

1923年の総選挙で、穏健な社会主義を掲げる労働党が政権を獲得しました。しかし、少数与党であり、自由党の閣外協力に依存する不安定な政権でした。労働党政権は、ソ連との貿易協定を締結しましたが、この協定はロシア革命以前の債務返済と新たな融資を組み合わせたものでした。この協定や、左翼ジャーナリストの逮捕・釈放問題などをめぐって、労働党政権は激しい批判にさらされ、内閣不信任案が可決。総選挙が実施されることとなりました。

書簡の公開と衝撃:

総選挙を間近に控えた10月25日、「タイムズ」紙を始めとする主要新聞が、ジノヴィエフ書簡を報道しました。書簡には、労働党への支援、ブルジョワジーへの対抗、革命準備のための軍事指導者育成などが記されており、社会主義者への警戒感をあおり、労働党への打撃は甚大でした。マクドナルド首相は書簡の信憑性に疑問を呈しましたが、世論は既に動いていました。

選挙結果と保守党の勝利:

選挙の結果は、スタンリー・ボールドウィン率いる保守党の大勝。ボールドウィン政権は、書簡の調査委員会を設置し、書簡を本物と結論づけました。しかし、偽書疑惑はくすぶり続けました。ボールドウィンは、ソ連との貿易協定を破棄しました。ソ連とコミンテルンは書簡を否定し続けました。歴史家の見解は様々で、この書簡が選挙結果に決定的な影響を与えたという説と、影響は小さかったという説があります。

その後の研究と陰謀の暴露:

その後、数々の研究が書簡の信憑性を検証しました。1967年、「サンデー・[[タイムズ]]」紙は、ロシアの君主主義者団体が書簡を偽造したと報道。さらに、1990年代には、英国外務省の調査により、MI6が積極的にこの書簡の流布に関与していたことが明らかになりました。保守党政治家や一部官僚との癒着も示唆され、書簡事件は単なる偽書事件ではなく、英国政治における複雑な陰謀であったことが明らかになってきました。MI5やMI6の記録から、複数の高官が関与し、当初から偽書であることを認識していたにもかかわらず、意図的に公開した可能性が示唆されています。この行為は、ソ連との関係悪化を狙う、英国国内の政治的思惑によるものだったと見られています。

結論:

ジノヴィエフ書簡事件は、偽造文書を巧みに利用した政治的陰謀であり、英国政治史において重要な事件です。この事件は、情報操作が社会や政治に与える影響の大きさを改めて示しており、現在でも歴史家や政治学者によって議論が続けられています。その後の調査で偽書であることが証明されたとはいえ、その影響は大きく、英国政治に深い傷跡を残しました。また、この事件は、情報機関の役割と責任、そして政治とメディアの関係について、多くの疑問を投げかけています。

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