ジハード

ジハード：神の道のための努力と闘争

ジハード(جهاد‎ jihād)は、アラビア語で「努力する」「奮闘する」を意味する語根から派生した言葉です。イスラームの文脈においては、神の道のために努力し、戦うことを指しますが、その解釈は多岐に渡ります。単純に「聖戦」と訳すことは、その複雑さを理解する上で不十分です。

ジハードの二つの側面：内なる闘争と外なる闘争

ジハードには大きく分けて二つの種類があります。

大ジハード（内へのジハード）：個人の内面的な闘争です。自己の欲望、悪、怠惰といった内面的な敵と戦い、信仰を深め、道徳的な人格を育成する努力を指します。これは非暴力的な、自己修養の側面を強調するジハードです。ラマダン期間の断食なども、この大ジハードの一環と捉えることができます。
小ジハード（外へのジハード）：イスラーム共同体（ウンマ）を守るため、あるいは拡大するために、外部の敵と戦う闘争です。歴史的には、イスラームの防衛戦争や領土拡大の戦争を指すことが多く、「聖戦」と訳されることが多いのはこの小ジハードです。しかし、クルアーンにおいても、防衛目的のみが正当化されており、侵略戦争は明確に否定されています。

クルアーンにおけるジハード

クルアーンには、「神の道のために奮闘せよ」という記述が繰り返し登場し、ジハードの重要性を示しています。しかし、その解釈は多様であり、必ずしも武力闘争を意味するとは限りません。クルアーンは、ジハードを個人の内面的な努力や、社会における正義の実現のための活動と解釈することもできます。

ジハードの歴史とウンマ

イスラームの成立以前のアラビア半島は、部族間の争いが絶えませんでした。イスラームは、血縁を超えた「アッラーへの絶対帰依」に基づく共同体ウンマを形成し、この血族意識を超えた連帯感を生み出したとも言えます。ジハードは、このウンマを守る、あるいは拡大するための実践的な営みとして位置づけられてきました。

ムハンマドの時代から、ジハードはイスラーム共同体の拡大と防衛に重要な役割を果たしてきました。初期イスラーム時代のアラブ帝国の拡大や、十字軍との戦いなどは、ジハードの具体的な歴史的例です。しかし、同時に、ジハードは支配者による領土拡大の正当化にも利用されてきた歴史もあります。

近現代におけるジハード

20世紀以降、帝国主義や植民地主義への抵抗運動においても、「ジハード」という概念が用いられてきました。アフガニスタンにおけるソ連侵攻への抵抗や、パレスチナにおけるイスラエルとの紛争なども、ジハードの文脈で語られることがあります。

しかし、近年では、過激派組織が「ジハード」をテロリズムや暴力行為を正当化する手段として利用していることが問題となっています。これは、ジハード本来の意味を歪曲したものであり、多くのムスリムから批判されています。

ジハードと誤解

「ジハード」という言葉は、特に非イスラーム圏において、誤解や偏見を生みやすい言葉です。「聖戦」という訳語は、その武力闘争の側面だけを強調し、内面的な努力や平和的な活動といったジハードの多様な側面を見過ごしてしまう可能性があります。「コーランか剣か」といった表現も、ジハードの本質を歪曲したものです。クルアーンは、信仰の強制を禁じています。

結論

ジハードは、多義的な言葉であり、その解釈は時代や文脈によって変化してきました。イスラームの教えの中核をなす重要な概念ですが、暴力やテロリズムを正当化する言葉として悪用されてきた側面も否定できません。ジハードの真の意味を理解するためには、クルアーンの教え全体を理解し、歴史的背景を踏まえることが重要です。武力闘争のみならず、自己鍛錬や社会正義の実現といった多様な側面を理解することが、ジハードの本質に迫る上で欠かせません。

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