ジャン・デュビュッフェ

ジャン・デュビュッフェ：常識を覆した20世紀の巨匠

ジャン＝フィリップ＝アルチュール・デュビュッフェ（1901年7月31日 - 1985年5月12日）は、20世紀フランスを代表する画家の一人です。彼は、従来の西洋美術の美意識を覆す独自の芸術観と、アール・ブリュット（生の芸術）への尽力によって、美術史に大きな足跡を残しました。

奔放な才能とワイン商の経歴

1901年、フランスのル・アーヴルに生まれたデュビュッフェは、幼少期から絵を描くことに関心を抱いていました。しかし、父の仕事を引き継ぎワイン商として活動する傍ら、絵画はあくまで余暇の趣味として続けられました。本格的に画家として活動を開始したのは40歳を過ぎてからと、比較的遅咲きの芸術家でした。パリのアカデミー・ジュリアンで絵画を学んだ時期もありましたが、伝統的な美術教育には満足せず、独自の表現方法を模索していきます。

彼の初期の作品は、知人の紹介で出会ったアンドレ・マッソンや、アトリエに集う多様な才能との交流を通して、徐々に独自性を帯びていきます。1927年には結婚、1929年には娘が誕生。その後、独立してワイン会社を設立し経営に成功しますが、その一方で絵を描く情熱は衰えることなく、1933年にはアトリエを構えました。1942年、ついに彼はワイン商を引退し、画家としての道を歩み始めます。

アンフォルメルと「厚塗り」

1944年、デュビュッフェは画廊で初個展を開催。その独特な画風は瞬く間に注目を集め、作家アンドレ・マルローなど多くの支持者を得ました。しかし、一方で、彼の作品は「異様な個性」「不器用さ」などと酷評され、激しい論争を巻き起こしました。

1946年、パリのルネ・ドルーアン画廊で行われた「ミロボリュス・マカダム商会、厚塗り」と題された個展では、砂やアスファルトなどを混ぜ込んだ、荒々しく奔放な絵画を発表。この「厚塗り」の技法は、彼の芸術理念を象徴的に表したものであり、アンフォルメル（非定形）運動の先駆けとして高く評価されました。フォートリエやヴォルスらとともに、アンフォルメル運動を牽引した存在と言えるでしょう。

アール・ブリュットとの出会い

1945年頃から、デュビュッフェはフランスとスイスの精神病院を訪ね歩き始めます。そこで出会ったのが、精神障害者による作品群でした。強迫観念や精神疾患に由来する、衝動的で生のままの表現に彼は強い衝撃を受け、それらを「アール・ブリュット（生の芸術）」と名付けました。これは、ルネサンス以降の伝統的な美術（ボザール）に対する明確なアンチテーゼでもありました。

彼は収集した作品を「生の芸術センター」として公開し、1948年にはアール・ブリュット協会を設立してコレクションの保存と研究に尽力します。しかし、資金難などにより協会は解散。それでも、デュビュッフェはアール・ブリュットの普及に生涯を捧げ、1967年にはパリ装飾美術館で初の公的な展示会を開催。そして1976年には、スイス・ローザンヌ市にアール・ブリュット・コレクションが設立されました。

国際的な評価と晩年

デュビュッフェの作品は、フランス国内にとどまらず、海外でも高い評価を受けました。1960年にはパリ装飾美術館で回顧展が開催され、1981年にはパリ市立近代美術館で生誕80周年記念展が開催されるなど、彼の芸術は国際的な注目を集め続けました。1985年、パリで死去。死後も、彼の作品は世界中で高く評価され続け、日本でも多くの美術館で展覧会が開催されています。

デュビュッフェの芸術的意義

デュビュッフェの芸術は、単なる絵画を超えて、現代美術における重要な転換点を示しました。アール・ブリュットという概念を確立し、芸術の定義を拡張した彼の業績は、後世の芸術家たちに大きな影響を与え続けています。彼の作品は、鑑賞者の心に強い衝撃を与え、芸術の本質について深く考えさせられるでしょう。伝統にとらわれない自由な表現と、社会への鋭い批判精神は、現代においても普遍的な価値をもち続けています。

代表作

『愉快な夜』（1949年）国立国際美術館
『ご婦人のからだ』（1950）国立西洋美術館
『作品』（1948）大原美術館
『二人の脱走兵』（1953）愛知県美術館
* 『はばたき』（1961）福岡市美術館

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