アンフォルメル
アンフォルメル（フランス語：Art informel、非定型の芸術。英語：Informalism）は、1940年代半ばから1950年代にかけてフランスを中心にヨーロッパ各地で展開された、激しい抽象[[絵画]]を中心とする美術動向を指します。同時期のアメリカ合衆国では、アクション・ペインティングなどの抽象[[表現主義]]が隆盛しており、アンフォルメルはこれに相当するヨーロッパの運動と位置づけられます。
第二次世界大戦の終結後、破壊と殺戮の傷跡が癒えない時期に、パリのドルーアン・ギャラリーでは、ジャン・デュビュッフェ、ジャン・フォートリエ、ヴォルスらが、絵具をキャンバスに激しく盛り上げ、ほとんど形を失った人体像などを描いていました。これらの作品は、人間に対する否定を含み、表現主義的な激しさを帯びています。第一次世界大戦後のドイツ表現主義とも共通する要素を持ちますが、デュビュッフェらは素材感やマチエール（絵の表面の質感）を重視し、形態が失われるほどの抽象化を進めました。
デュビュッフェは、障害者や霊視者の芸術（アール・ブリュット－生の芸術）や、民衆芸術、アフリカなどの原始主義にも深い共感を示していました。これらの要素は、彼の作品における非定型的な表現に影響を与えたと考えられます。
同時期、ジョルジュ・マチューは、1947年に開いた展覧会で、厚く塗った絵具を削るように、無意識で即興的な筆致で書道のような線を描く独自の抽象画を発表し、注目を集めました。彼の作品は、戦前のクールな幾何学的抽象に対し、叙情的抽象と呼ばれる動向を生み出すきっかけとなりました。
1950年代には、フランスがアンフォルメルの中心地となりました。この時期の芸術家たちは、アメリカのアートと同様に、ヨーロッパの絵画からも影響を受けながら、新しい表現を追求していました。評論家のミシェル・タピエは、デュビュッフェとともにアール・ブリュットの展覧会を企画する傍ら、ヨーロッパやアメリカで同時多発的に起こっている表現主義的な抽象[[絵画]]に注目し、1951年にこれらの作家に加えて、ジャクソン・ポロックやウィレム・デ・クーニングといったアクション・ペインティングの画家を招いた展覧会を企画しました。
タピエは、ここで「非定型の芸術」を意味する「ラール・アンフォルメル」という用語を作り、これらの抽象的で表現主義的な動向を理論付けました。彼は、アンフォルメルを「幾何学的抽象とは異なり」、分厚いマチエールの不安定さや、「画家の筆や体の動きに重点」を置く絵画だと定義しました。また、戦争という不条理を経験した人間が、絵画制作や絵具の不安定な重ね塗りを通して、自己の存在や身体感覚、実存を探求しようとしたものだと解釈しました。
評論家のシャルル・エスティエンヌは、1954年に「染み」を意味する「タシスム」（Tachisme）という用語を作り、ジョルジュ・マチューらの新しい抽象[[絵画]]を理論化しました。これらの理論的背景のもと、アンフォルメルはヨーロッパ各地に広まり、アメリカ、日本など世界各地の芸術家たちにも影響を与えました。
アンフォルメルの影響は、アントニ・タピエス（スペイン）、アルベルト・ブッリ（イタリア）、セルジュ・ポリアコフ（ロシア）、ザオ・ウーキー（中国）など、当時パリに集まっていた様々な国の画家たちを巻き込みました。しかし、それぞれの作家の背景や作品は多様であり、アンフォルメルという一括りのカテゴリーに当てはめることは困難でした。
ヨーロッパでは、特に西ドイツで大きな反響があり、カール・オットー・ゲッツ、ベルンハルト・シュルツェ、フレッド・ティーラー、ゲルハルト・ヘーメ、カール・フリードリヒ・ダーメン、K.R.H・ゾンダーボルクらがアンフォルメル風の絵画を制作しました。
オランダ、ベルギー、デンマークでは、1948年にカレル・アペルやアスゲール・ヨルンらによるグループ「コブラ」（CoBrA）が結成され、激しさと素朴さを併せ持つロマンティックな抽象[[絵画]]が描かれました。コブラは1950年代には解散しましたが、所属していた画家たちはアンフォルメルと比較されるような活動を行っていました。
ミシェル・タピエは、フランスでアンフォルメルの画家として知られる今井俊満の手引きにより、1956年に日本で展覧会を企画し、戦後の日本の美術界に一大アンフォルメル旋風を巻き起こしました。この展覧会では、日本出身でフランスで活動していた今井や堂本尚郎も紹介されました。また、タピエは具体[[美術協会]]と出会い、彼らを日本におけるアンフォルメルとして海外に紹介しました。
ヨーロッパの美術界から見ると、1950年代の世界的な抽象主義の運動を、今日でもアンフォルメルと総括する傾向があります。ニューヨーク派の抽象[[表現主義]]を、あえて特殊なものと見なさず、世界的なアンフォルメル運動の一つとする見方が主流です。一方で、アメリカの美術界では、自国の美術がヨーロッパを凌駕したという自負から、グリーンバーグの理論を容認し、抽象[[表現主義]]を特別なものとして捉える傾向が強く、アンフォルメル運動をヨーロッパのみの傍流とみなす見方が支配的です。
タピエの来日は、日本をアンフォルメルの陣営に引き入れようとする意図があったと考えられます。この時期、アメリカでは、ハロルド・ローゼンバーグやクレメント・グリーンバーグといった評論家に支持された抽象[[表現主義]]が全盛を極め、世界に影響を広げようとしていました。アメリカとフランスの美術界は、戦後美術の前衛の主導権を巡って争う状態にありました。
ポロックらの優れた作家と、優れた理論武装を行った抽象[[表現主義]]が次第に優勢となり、現代美術史を振り返ると、1940年代から1950年代は抽象[[表現主義]]の時代だったとされています。しかし、ヨーロッパや日本の美術を振り返る上で、アンフォルメルは欠かすことのできない重要な存在です。
ハンス・アルトゥング
ディーター・ボルスト
ヴォルス
ザオ・ウーキー
ピエール・スーラージュ
ローラン・ヒメネス＝バラゲル
アントニ・タピエス
ジャン・デュビュッフェ
ジャン・フォートリエ
アルベルト・ブッリ
サム・フランシス
ジョルジュ・マチュー
アンリ・ミショー
ジャン・カルロ・リッカルディ
コブラ (芸術運動)
具体
抽象[[表現主義]]
アクション・ペインティング
* アンフォルメル中川村美術館
歴史的背景
第二次世界大戦の終結後、破壊と殺戮の傷跡が癒えない時期に、パリのドルーアン・ギャラリーでは、ジャン・デュビュッフェ、ジャン・フォートリエ、ヴォルスらが、絵具をキャンバスに激しく盛り上げ、ほとんど形を失った人体像などを描いていました。これらの作品は、人間に対する否定を含み、表現主義的な激しさを帯びています。第一次世界大戦後のドイツ表現主義とも共通する要素を持ちますが、デュビュッフェらは素材感やマチエール（絵の表面の質感）を重視し、形態が失われるほどの抽象化を進めました。
デュビュッフェは、障害者や霊視者の芸術（アール・ブリュット－生の芸術）や、民衆芸術、アフリカなどの原始主義にも深い共感を示していました。これらの要素は、彼の作品における非定型的な表現に影響を与えたと考えられます。
同時期、ジョルジュ・マチューは、1947年に開いた展覧会で、厚く塗った絵具を削るように、無意識で即興的な筆致で書道のような線を描く独自の抽象画を発表し、注目を集めました。彼の作品は、戦前のクールな幾何学的抽象に対し、叙情的抽象と呼ばれる動向を生み出すきっかけとなりました。
1950年代には、フランスがアンフォルメルの中心地となりました。この時期の芸術家たちは、アメリカのアートと同様に、ヨーロッパの絵画からも影響を受けながら、新しい表現を追求していました。評論家のミシェル・タピエは、デュビュッフェとともにアール・ブリュットの展覧会を企画する傍ら、ヨーロッパやアメリカで同時多発的に起こっている表現主義的な抽象[[絵画]]に注目し、1951年にこれらの作家に加えて、ジャクソン・ポロックやウィレム・デ・クーニングといったアクション・ペインティングの画家を招いた展覧会を企画しました。
タピエは、ここで「非定型の芸術」を意味する「ラール・アンフォルメル」という用語を作り、これらの抽象的で表現主義的な動向を理論付けました。彼は、アンフォルメルを「幾何学的抽象とは異なり」、分厚いマチエールの不安定さや、「画家の筆や体の動きに重点」を置く絵画だと定義しました。また、戦争という不条理を経験した人間が、絵画制作や絵具の不安定な重ね塗りを通して、自己の存在や身体感覚、実存を探求しようとしたものだと解釈しました。
評論家のシャルル・エスティエンヌは、1954年に「染み」を意味する「タシスム」（Tachisme）という用語を作り、ジョルジュ・マチューらの新しい抽象[[絵画]]を理論化しました。これらの理論的背景のもと、アンフォルメルはヨーロッパ各地に広まり、アメリカ、日本など世界各地の芸術家たちにも影響を与えました。
アンフォルメルの影響は、アントニ・タピエス（スペイン）、アルベルト・ブッリ（イタリア）、セルジュ・ポリアコフ（ロシア）、ザオ・ウーキー（中国）など、当時パリに集まっていた様々な国の画家たちを巻き込みました。しかし、それぞれの作家の背景や作品は多様であり、アンフォルメルという一括りのカテゴリーに当てはめることは困難でした。
ヨーロッパでは、特に西ドイツで大きな反響があり、カール・オットー・ゲッツ、ベルンハルト・シュルツェ、フレッド・ティーラー、ゲルハルト・ヘーメ、カール・フリードリヒ・ダーメン、K.R.H・ゾンダーボルクらがアンフォルメル風の絵画を制作しました。
オランダ、ベルギー、デンマークでは、1948年にカレル・アペルやアスゲール・ヨルンらによるグループ「コブラ」（CoBrA）が結成され、激しさと素朴さを併せ持つロマンティックな抽象[[絵画]]が描かれました。コブラは1950年代には解散しましたが、所属していた画家たちはアンフォルメルと比較されるような活動を行っていました。
日本への影響
ミシェル・タピエは、フランスでアンフォルメルの画家として知られる今井俊満の手引きにより、1956年に日本で展覧会を企画し、戦後の日本の美術界に一大アンフォルメル旋風を巻き起こしました。この展覧会では、日本出身でフランスで活動していた今井や堂本尚郎も紹介されました。また、タピエは具体[[美術協会]]と出会い、彼らを日本におけるアンフォルメルとして海外に紹介しました。
アンフォルメルと抽象[[表現主義]]
ヨーロッパの美術界から見ると、1950年代の世界的な抽象主義の運動を、今日でもアンフォルメルと総括する傾向があります。ニューヨーク派の抽象[[表現主義]]を、あえて特殊なものと見なさず、世界的なアンフォルメル運動の一つとする見方が主流です。一方で、アメリカの美術界では、自国の美術がヨーロッパを凌駕したという自負から、グリーンバーグの理論を容認し、抽象[[表現主義]]を特別なものとして捉える傾向が強く、アンフォルメル運動をヨーロッパのみの傍流とみなす見方が支配的です。
タピエの来日は、日本をアンフォルメルの陣営に引き入れようとする意図があったと考えられます。この時期、アメリカでは、ハロルド・ローゼンバーグやクレメント・グリーンバーグといった評論家に支持された抽象[[表現主義]]が全盛を極め、世界に影響を広げようとしていました。アメリカとフランスの美術界は、戦後美術の前衛の主導権を巡って争う状態にありました。
ポロックらの優れた作家と、優れた理論武装を行った抽象[[表現主義]]が次第に優勢となり、現代美術史を振り返ると、1940年代から1950年代は抽象[[表現主義]]の時代だったとされています。しかし、ヨーロッパや日本の美術を振り返る上で、アンフォルメルは欠かすことのできない重要な存在です。
主な作家
ハンス・アルトゥング
ディーター・ボルスト
ヴォルス
ザオ・ウーキー
ピエール・スーラージュ
ローラン・ヒメネス＝バラゲル
アントニ・タピエス
ジャン・デュビュッフェ
ジャン・フォートリエ
アルベルト・ブッリ
サム・フランシス
ジョルジュ・マチュー
アンリ・ミショー
ジャン・カルロ・リッカルディ
関連項目
コブラ (芸術運動)
具体
抽象[[表現主義]]
アクション・ペインティング
* アンフォルメル中川村美術館
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