ジャン＝マリー・ルクレール

ジャン＝マリー・ルクレール（1697年 5月10日 - 1764年 10月22日）は、18世紀フランスのバロック音楽を代表する作曲家であり、ヴァイオリン演奏における比類なき巨匠です。彼は後のフランス＝ベルギー・ヴァイオリン楽派の礎を築いた人物と見なされています。

生涯と音楽活動

リヨンに生まれたルクレールは、当初は指物師としての技術を習得するための訓練を受けていましたが、次第に舞踏とヴァイオリンに魅了され、その道を志すようになります。やがてダンス教師、そしてヴァイオリニストとして活動を開始しました。

1716年には舞踏家のマリー＝ローズ・カスタニーと最初の結婚をしますが、彼女は1728年に他界します。1722年頃までには故郷リヨンを離れ、イタリアのトリノへ赴き、そこで舞踏の指導に携わりました。この地で、ルクレールはヴァイオリン演奏における決定的な転機を迎えます。コレッリやヴィヴァルディに師事した経験を持つ著名なヴァイオリニスト、ジョヴァンニ・バッティスタ・ソミスの指導を受けたのです。ソミスのもとで、ルクレールのヴァイオリンにおける才能は大きく花開き、以後、彼は名ヴァイオリニストとしての道を歩むことになります。

1723年にはフランスの首都パリに移り、権威ある公開演奏会「コンセール・スピリチュエル」に出演し、その卓越した技量で注目を集めました。1730年には版画家のルイーズ・ルーセルと再婚します。ルイーズ夫人は夫の音楽活動を献身的に支え、特にルクレールの作品2以降の全ての楽曲の製版を手がけ、その普及に貢献しました。

1733年、ルクレールはルイ15世より王室付きの音楽教師という栄誉ある地位を与えられます。しかし、宮廷楽団の監督権を巡って同僚のジャン＝ピエール・ギニョンとの間に激しい対立が生じ、これが原因で1737年にこの職を辞任せざるを得なくなりました。その後、彼はヘンデルの弟子であり優れたクラヴサン奏者でもあったオラニエ公妃アンナに仕えることになります。1738年から1743年まで、彼はハーグの宮廷で楽長として毎月を過ごしました。この期間は、フランス国外での活動が中心となった時期です。

1743年にパリに戻った後も、ルクレールは作曲活動を続けます。彼の唯一の歌劇である《シラとグロキュス》（あるいは《スキュラとグラウコス》）が初演されました。この作品は当時の評価は芳しくなかったようですが、現代になって再び上演される機会を得ています。1740年からは、亡くなるまでグラモン公に仕えました。

悲劇的な最期

ルクレールの晩年は暗転します。1758年に結婚生活が破綻した後、彼は人目を避けるようにパリの貧民街にあるあばら家に隠れ住むようになりました。そして1764年 10月22日、彼はその自宅で刺殺体となって発見されるという衝撃的な最期を迎えます。

彼の死を巡る真相は、今日に至るまで謎に包まれています。事件の背景には、別れた妻が関与していた可能性が取り沙汰されています。経済的な困窮が動機であったとする推測もなされています。また、甥にあたるヴァイオリニストのギヨーム＝フランソワ・ヴィアルや、最初に死体を発見した庭師のジャック・ペイザンにも強い嫌疑がかけられました。この未解決の殺人事件は、ジェラール・ジュファンによるミステリー小説『ジャン＝マリー・ルクレール殺人事件』（1990年）の題材ともなっています。

家族と作品

ルクレールには、同名の弟ジャン＝マリー（1703年 - 1777年）の他、ピエール（1709年 - 1784年）、ジャン＝ブノワ（1714年 - 1759年以後）という兄弟がいました。彼らはいずれも音楽家として活動しました。

ルクレールが遺した作品には、ヴァイオリンのための多数のソナタや協奏曲のほか、トリオ・ソナタ、そしてフルートと通奏低音のためのソナタなどがあります。これらの作品は、当時のフランス音楽におけるイタリア様式の影響を示しつつも、独自の優雅さと洗練された表現力を持つことで知られています。彼のヴァイオリン作品は、高度な演奏技巧を要求する一方で、旋律美と構成美を兼ね備えており、現在でもヴァイオリニストにとって重要なレパートリーとなっています。

彼の短い伝記の結びとして、ジャン＝マリー・ルクレールは、その輝かしいヴァイオリン演奏と独創的な作曲によってフランスのバロック音楽史に確固たる地位を築いた人物であると同時に、その劇的な生涯と不可解な死によって多くの謎を残した芸術家であったと言えるでしょう。

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