ジョイ・アダムソン

1910年 1月20日、オーストリア・ハンガリー帝国（現在のチェコ）に生まれたジョイ・アダムソン（旧名フリーデリケ・ヴィクトリア・ゲスナー）は、ノンフィクション作家、ナチュラリスト、そして芸術家として、その生涯をアフリカの野生動物との関わりに捧げました。中でも、ライオンのエルザとの絆を描いた『野生のエルザ』は世界的なベストセラーとなり、彼女の名前は広く知られることになります。

生涯の始まりとアフリカへの移住

三人姉妹の次女として生まれたジョイは、10歳の時に両親が離婚し、祖母の元で育ちました。若い頃にはピアノや医学を学びましたが、人生の転機は結婚によって訪れます。彼女は生涯で三度結婚しており、最初の結婚相手ヴィクトル・フォン・クラルヴィルとの結婚生活を経て、1937年にはケニアへと移住しました。当時の夫がユダヤ人であったことが、この移住の背景にあったとされます。ケニアで出会った二番目の夫、植物学者のピーター・バリーは、彼女に「ジョイ」という愛称を与え、周囲の動植物をスケッチすることを奨励しました。これが彼女の芸術家としての才能を開花させるきっかけの一つとなります。そして1940年代初頭、サファリの最中に三番目の夫となる野生生物管理官のジョージ・アダムソンと出会い、1944年に結婚しました。

エルザとの出会いと『野生のエルザ』

ジョージ・アダムソンはケニア北部で野生生物の管理にあたっていましたが、1956年、ある出来事が夫妻の運命を大きく変えます。撃たれて死んだメスライオンの子供たち3匹が保護されたのです。そのうちの1匹が、後に世界中で愛されることになるライオン、エルザでした。他の2匹はロッテルダムの動物園に引き取られましたが、エルザは夫妻の手元で育てられることになります。野生に返すことを目指しながらエルザと過ごした日々は、ジョイに深い感銘を与え、その記録は一冊の本としてまとめられました。1960年に刊行された『野生のエルザ』（原題：Born Free）は瞬く間にベストセラーとなり、国境を越えて多くの人々に読まれることになります。

この成功は、1966年の映画化へと繋がります。ヴァージニア・マッケンナとビル・トラヴァースが主演した映画版は大きな話題を呼び、主題歌「ボーン・フリー」はアカデミー作曲賞・歌曲賞を受賞しました。その後も、エルザの子供たちを描いた続編の映画化（『永遠のエルザ』）、テレビシリーズ化など、様々な形で映像化され、その人気は不動のものとなりました。日本でも、藤原英司による名訳によって紹介され、長く読み継がれています。

エルザの後、そして晩年

エルザは1961年にその生涯を閉じますが、ジョイの野生動物との絆は終わりませんでした。彼女は次に、チーターのピッパ、そしてヒョウのペニーを育て、それぞれの動物との交流や成長の記録を著作として発表しました。これらの作品もまた、野生動物に対する深い愛情と観察眼に満ちたものとして、多くの読者に感銘を与えました。

しかし、彼女の人生は予期せぬ形で幕を閉じます。1980年 1月3日、ジョイ・アダムソンはケニアのシャバ国立保護区内で遺体となって発見されました。当初はライオンに襲われた事故と思われましたが、後の捜査で胸に深い刺し傷があることが判明し、殺人事件として捜査が開始されました。捜査の結果、かつて彼女の下で働いていた若い羊飼いが強盗目的で犯行に及んだことを自供し、逮捕されました。しかし、この事件の真相は完全に解明されたとは言えず、犯人の自白内容にも変遷が見られるなど、不明確な部分も残されています。

ジョイに先立たれた夫ジョージは、彼女の遺灰を生前ジョイが愛情を注いだ動物たちの墓の周囲に撒きました。しかし、ジョージ自身もまた、1989年に密猟者によって射殺されるという悲劇的な最期を迎えることになります。この事件も未解決のままです。

ジョイ・アダムソンは、著作や芸術を通して野生動物の世界とその保護の重要性を世界に伝えました。彼女の情熱と、エルザをはじめとする動物たちとの間に築かれた奇跡のような絆は、今なお多くの人々の心に生き続けています。

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