ジョルジュ・サルマナザール

ジョルジュ・サルマナザール：18世紀を揺るがした東洋の詐欺師

ジョルジュ・サルマナザール (1679年頃 - 1763年5月3日) は、18世紀イギリスで活躍した、ある意味で成功した詐欺師にして、才能ある著述家でした。彼は、東洋への関心が急速に高まっていた時代に、自ら台湾の出身者であると偽り、ロンドンの社交界でセンセーションを巻き起こしました。

知られざる出自と驚きの変身

サルマナザールの出自は謎に包まれています。彼自身の回想録によると、南フランスで生まれたとされていますが、正確な生年や出身地は不明です。若い頃はイエズス会の修道院で教育を受け、語学の才能に秀でていました。しかし、その後は職に恵まれず、放浪の生活を送ることになります。

転機は、彼が東洋人の特徴を聞き知った時でした。小柄で黄色っぽい肌という特徴を自身と重ね合わせた彼は、キリスト教に改宗した日本人として振る舞うことを思いつきます。この策略は見事に成功し、信心深い人々から多額の施しを得ました。実際には、サルマナザールは白人であり、東洋人とは程遠い容姿でしたが、当時のヨーロッパ人は東洋についてほとんど無知だったため、彼の偽装は見破られることはありませんでした。彼はさらに偽造パスポートまで作成する周到さもみせています。

その後、彼はオランダ軍に入隊し、そこで「改宗した日本人」として過ごしながら、『台湾誌』の構想を練り上げました。しかし、彼の卓越した語学力と知識は、周囲の目を引き始めます。ついに、彼の正体が疑われ始め、窮地に陥った彼は、新たな策略を立てます。それは、より知られていない「台湾人」を装うことでした。

ロンドンでの成功と『台湾誌』の出版

1703年、サルマナザールはイギリスへと渡り、プロテスタントに改宗した台湾の王族と名乗ります。巧みな話術と綿密な準備によって、彼はロンドン社交界に受け入れられ、講演会を行うまでになります。彼は空想の世界から生まれたエキゾチックな台湾風俗を巧みに語り、聴衆を魅了しました。

そして、1704年、彼の講演内容をまとめた『台湾誌 (Historical and Geographical Description of Formosa, an Island subject to the Emperor of Japan)』が出版されます。この本は、歴史、宗教、風習、文字など、台湾に関するあらゆる情報を詳細に記述したもので、20年以上にわたってベストセラーとなりました。しかし、その内容はすべてサルマナザールの創作であり、多くの誤った情報や、当時のヨーロッパ人の東洋観に沿った誇張が含まれていました。例えば、台湾では毎年2万人の少年の心臓が神に捧げられている、などといった、極めて非現実的な記述が含まれていました。

オックスフォード大学講師としての栄光と没落

『台湾誌』の成功によって、サルマナザールはオックスフォード大学で講師の職に就きます。彼は、台湾の風習を模倣したパフォーマンスを交えながら講義を行い、イギリスの知識人たちを魅了しました。しかし、彼のペテンは永遠には続きませんでした。

1704年、イエズス会の司祭からの告発を皮切りに、徐々に彼の正体が疑われるようになり、ついに天文学者エドモンド・ハレーによる鋭い追及によって、サルマナザールのペテンは露見します。彼はついに、自身の偽りを自白せざるを得ませんでした。

晩年と評価

サルマナザールは罪に問われることはありませんでしたが、彼の名声は失墜しました。彼は田舎に移り住み、印刷所で働きながら生計を立て、その後はゴーストライターとして活動しました。晩年には回想録を執筆し、そこでは自身のペテンについて詳細に記述しています。

サルマナザールは、徹底した詐欺師でありながら、並外れた語学力と文筆能力を持っていました。彼の『台湾誌』は、虚偽の情報でありながらも、当時の東洋観に大きな影響を与え、同時に、18世紀のオリエンタリズム研究において重要な位置を占めています。彼の生涯は、真実と虚偽、天才と詐欺師という相反する要素が複雑に絡み合った、興味深い物語として、現在も語り継がれています。

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