ジョン・ドス・パソス

ジョン・ロデリーゴ・ドス・パソス（1896年～1970年）は、20世紀アメリカを代表する小説家にして、画家としても才能を発揮した多才な人物でした。彼の生涯は、激動の時代と密接に絡み合い、作品に深く反映されています。

ドス・パソスは、弁護士である父とバージニア州出身の母の間に生まれましたが、非嫡出子として幼少期を過ごしました。裕福な家庭環境で育ち、質の高い教育を受けました。1907年には、コネチカット州の名門校チョート・ローズマリー・ホールに入学。その後、ヨーロッパ各地を巡り、古典美術や建築、文学に触れる機会を得ます。1912年にはハーバード大学に入学し、1916年に卒業。さらにスペインに留学し、美術と建築を学びました。

第一次世界大戦勃発を受け、ドス・パソスは救急隊に志願。フランスやイタリアで運転手として従軍経験を積みます。その後、アメリカ陸軍医療科に所属し、大戦後もパリに駐留。ソルボンヌ大学で人類学を学ぶなど、充実した時間を過ごしました。この経験は、彼の小説にリアリティを与え、戦争や社会に対する鋭い視点を形成する上で重要な役割を果たしました。

1920年には処女作『一人の男の入門 1917年』を発表。この作品は、第一次世界大戦の悲惨さを描いた反戦小説として高く評価されました。『三人の兵卒』など、初期の作品群でも反戦の姿勢を貫き、「失われた世代」の作家として注目を集めました。

1925年に発表した『マンハッタン乗換駅』では、革新的な「意識の流れ」の手法を取り入れ、商業的にも成功を収めました。この作品以降、ドス・パソスは、アメリカ社会の格差や矛盾を鋭くえぐり出すようになります。富裕層と貧困層の対比、世界産業労働組合への共感、サッコ・ヴァンゼッティ事件への関与など、彼の社会主義への傾倒が見られるようになります。

1928年にはソビエト連邦を訪問し、社会主義システムを研究。また、スペイン内戦時にはヘミングウェイと共にスペインを訪れましたが、後に共産主義運動への考え方の相違から袂を分かっています。

ドス・パソスを代表する作品といえば、三部作からなる『U.S.A.』です。『北緯四十二度線』『一九一九年』『ビッグ・マネー』から構成されるこの作品は、新聞記事の切り抜きや、意識の流れ、登場人物のドラマを巧みに織り交ぜ、20世紀初頭のアメリカ社会を多角的に描き出しています。この作品は、彼の悲観的なアメリカ観と、実験的な手法が高く評価されています。

1930年代半ば以降は、共産主義を批判する姿勢を強め、右傾化していく傾向が見られます。この思想の変化は、彼の作品に影響を与え、国際的な評価にも変化をもたらしました。

第二次世界大戦中は戦争特派員として活動し、戦後も精力的に執筆活動を続けました。1947年にはアメリカ文学芸術アカデミーに選出されるなど、高い評価を得ていましたが、同年、妻を交通事故で亡くすという悲劇に見舞われました。

ドス・パソスは、画家としても才能を発揮しました。1922年にはアートコロニーで絵画を学び、自身の作品に挿絵を描いたり、戯曲のポスターやセットデザインを手掛けたりしました。晩年は、故郷のメイン州やバージニア州で絵を描くことに多くの時間を費やしました。2001年には、彼の作品を集めた展覧会が開催されるなど、画家としての評価も再認識されています。

彼の非線形的な語り口は、多くの作家に影響を与えました。アルフレート・デーブリーンやジャン＝ポール・サルトルといった作家は、ドス・パソスの手法を参考に作品を創作しています。サルトルは、ドス・パソスを「我等が時代の偉大なる作家」と評しました。

ドス・パソスの功績を称え、ロングウッド大学は「ジョン・ドス・パソス賞」を創設しました。この賞は、アメリカ的なテーマを探求し、実験的な手法を用いる作家に贈られます。グレアム・グリーン、トム・ウルフ、E・アニー・プルーなど、著名な作家が受賞しています。

ドス・パソスは、小説だけでなく詩、エッセイ、戯曲、絵画など、多岐にわたる作品を残しました。彼の作品群は、20世紀アメリカ社会を理解する上で欠かせないものとなっています。小説家として、そして画家として、ドス・パソスは、私たちに多大な影響を与え続け、今日でも高く評価されている作家です。

もう一度検索