意識の流れ

意識の流れ：心理学概念から文学表現へ

「意識の流れ」とは、人間の意識が静止したものではなく、イメージや考えが絶え間なく流動しているという考え方です。この概念は、1890年代、アメリカの心理学者ウィリアム・ジェイムズによって提唱されました。ほぼ同時期に、フランスの哲学者アンリ・ベルクソンも独自の視点から「持続」という概念を発表しており、両者の考え方には共通点が見られますが、それぞれ独自に到達したとされています。

ジェイムズの概念は、その後文学に大きな影響を与えました。小説において「意識の流れ」は、登場人物の主観的な思考や感覚を、注釈を付けずにそのまま記述する表現手法として用いられるようになりました。この手法は、人間の精神の内面をありのままに表現し、読者に深く感情移入させる効果があります。

文学における「意識の流れ」の先駆的な作品としては、ジェイムズ・ジョイスの『若き日の芸術家の肖像』（1914-1915年）が挙げられます。この作品では、部分的に「意識の流れ」の手法が用いられています。小説全編を通してこの手法を用いた最初期の作品として、ドロシー・リチャードソンの『尖った屋根』（1915年）が知られています。

「意識の流れ」表現においては、「内的独白」という文体がよく用いられます。これは、登場人物の心の内を、あたかも独り言のように記述する手法です。この手法は、エドゥアール・デュジャルダンの『月桂樹は切られた』（1887年）で初めて用いられたとされています。発表当時は注目されませんでしたが、後にジェイムズ・ジョイスが注目し、『ユリシーズ』で積極的に取り入れました。ヴァレリー・ラルボーは、この手法を「内的独白」と名付けました。ジョイス自身も、デュジャルダンの作品が「意識の流れ」の先駆けであることを認めていました。しかし、「意識の流れ」の起源を特定の作家に限定するのは難しく、当時の哲学や文学の潮流が背景にあると言えるでしょう。

「意識の流れ」は、人間の思考を、整然としたものではなく、断片的で流動的なものとして捉える試みです。ローレンス・スターンの『紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見』など、この手法の先駆けと言える作品も存在します。特に近現代の「意識の流れ」を用いた小説には、心理学、特にジークムント・フロイトの精神分析学の影響が強く見られます。

「意識の流れ」を用いた代表作として、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』『フィネガンズ・ウェイク』、ヴァージニア・ウルフの『灯台へ』、ウィリアム・フォークナーの『響きと怒り』などが挙げられます。キャサリン・マンスフィールド、ドロシー・リチャードソンなども、この手法を用いた作家として知られています。

日本においては、伊藤整が「意識の流れ」を「新心理主義文学」として紹介し、自身の作品でも積極的に用いました。川端康成も『針と硝子と霧』『水晶幻想』などで実験的に「意識の流れ」を取り入れ、横光利一の『機械』にもその影響が見られます。伊藤整は晩年の作品『変容』まで、「内的独白」による技法実験を続けました。

「意識の流れ」は、心理学の概念から生まれた表現手法ですが、文学においては、人間の心の奥底を表現する強力なツールとなりました。多くの作家に影響を与え、現代文学にまで至る大きな足跡を残しています。

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