ジョヴァンニ・パスコリ

イタリア文学史において、孤高の輝きを放つ詩人であり、優れた古典学者でもあったジョヴァンニ・プラチド・アゴスティーノ・パスコリ（Giovanni Placido Agostino Pascoli, 1855-1912）。彼の人生と文学は、個人的な悲劇、特に幼少期に経験した喪失と深い感受性に根ざしています。

悲劇に彩られた生い立ち

ロマーニャ地方のサン・マウロに生まれたパスコリは、比較的裕福な家庭の10人兄弟の四男として育ちました。父ルッジェーロは、トルロニア家が所有する広大な農地の管理者として一家を支えていましたが、1867年 8月10日夕刻、チェゼーナの市場からの帰路、待ち伏せしていた暗殺者によって突然命を奪われるという悲劇に見舞われます。犯人は特定されず、真相は闇の中。父の死は、パスコリの心に深い傷を残しました。さらに、母カテリーナの早世やそれに続く経済的な困窮が重なり、彼と妹、弟たちの子供時代は深い悲しみと不幸に覆われたのです。

この幼少期の喪失体験は、パスコリの詩作に決定的な影響を与えました。特に父の暗殺は、後に彼の代表作の一つとなる詩「La cavallina storna（ぶちの雌馬）」をはじめ、初期詩集『Myricae（ミリカエ）』（1891年刊）全体に暗い影を落とし、哀愁と郷愁に満ちた世界観を形作ることになります。

学問と詩への道

1871年、パスコリは6人の兄弟と共にリミニへ移住します。ここで彼は社会主義者のアンドレア・コスタと親交を結び、政治運動に関心を抱くようになります。これは彼の人生における重要な転換点の一つとなりました。ボローニャでの社会主義集会に参加していた際、国王暗殺未遂事件の犯人であるジョヴァンニ・パッサンナンテの逮捕に抗議したことで、ごく短期間ながら投獄される経験もしています。

その後、ボローニャ大学に進学したパスコリは、後のイタリア文学界を牽引する詩人であり、彼にとって師でありまた良き理解者ともなるジョズエ・カルドゥッチと出会います。1882年に大学を卒業後、マテーラやマッサといった各地の高校で教鞭を取り始めました。彼は、妹のイーダとマリアと共に暮らす部屋のすぐ隣に自室を設け、彼が「巣（nido）」と呼ぶ、妹たちとの独特な家族的な共同生活を築こうと試みました。生涯独身であった理由としては、妹たちとの複雑で成熟しきらない関係性が影響していたと考えられています。

詩作活動もこの頃から本格化し、『Vita nuova』誌などで作品を発表し始め、それらが後に『Myricae』に収められます。1894年には教育省勤務のためローマに招集され、ここで詩集『Poemi conviviali（饗宴詩篇）』の初版を刊行しました。その後もボローニャ、フィレンツェ、メッシーナなどイタリア各地を転々としながら教壇に立ち続けましたが、彼の心の拠り所は常に、故郷である農村の風景や幼少期の原体験にありました。

詩的世界観と影響

パスコリの初期の詩は、一見すると家庭生活や身近な自然の情景を写実的に描いているように見えますが、そこには深い象徴性と神秘主義が息づいています。彼は、かつて傾倒した実証主義や科学万能主義を超え、人生そのものが神秘に満ちていると信じました。そして、自然の中の取るに足りないささやかな事物の中に象徴的なつながりや真実の断片を見出すことができると考えたのです。

1897年に発表した詩論『Il fanciullino（子供の詩論）』は、パスコリの詩的世界観の中核をなすものです。彼はこの中で、詩人の本質とは、子供のように世界に対して絶え間なく驚きを見出す能力と、それを的確に表現する老練な技術が結びついたものだと説きました。古典主義にもロマン主義にも完全には与せず、自己の内面を見つめ、ある種の「半分ほど分別を失った心地良さ」を詩の根幹に据えるべきだと主張しました。

パスコリの後期詩は、彼の豊かな古典的素養を反映しつつ、より実験的な表現を追求しました。そこには、ヨーロッパ的象徴主義との興味深い類似点が多く見られます。類推や共感覚の幅広い使用、極めて繊細な音楽性、そしてイタリア語はもちろんのこと、方言、外国語、擬音語などを自在に織り交ぜた独自の語彙は、現代イタリア詩の言語の確立に大きな影響を与えました。彼の詩に一貫して流れる「憂鬱さ」や「もの悲しさ」も、続く世代の詩人たちに引き継がれていくことになります。

パスコリは、イタリア語だけでなくラテン語でも優れた詩を多数創作し、国際的な賞をいくつも受賞しています。また、詩作の傍ら、散文随筆やダンテ研究においても重要な業績を残しています。

最期

1895年、パスコリは文学賞の賞金を使って、トスカーナ州バルガ近郊の、カステルヴェッキオに一軒家を購入し、深く愛する妹マリアと共に移り住みました。この地は、彼の晩年の創作活動の拠点となります。しかし、20世紀初頭のイタリアを覆う社会的・政治的な騒擾、特に第一次世界大戦への傾斜やファシズム台頭の兆しは、彼の内面に抱える不安と厭世感を一層強いものにしました。

1912年 4月6日、パスコリはボローニャで56年の生涯を閉じました。長年のアルコール濫用によって肝硬変を患っており、それが進行して肝臓癌となったことが死因でした。彼は生前、無神論者であることを公言しており、その遺志に従い、カステルヴェッキオの自宅に隣接する小さな礼拝堂に埋葬されました。後に、妹マリアもまた、同じ場所に眠ることになります。

ジョヴァンニ・パスコリの作品は、個人的な悲哀と普遍的な人間の感情、そして自然や日常の中に潜む神秘を独特の象徴的な言語で描き出し、現代イタリア詩に深い影響を与え続けています。

主要作品
『Myricae』（1891年）
『Il fanciullino』（子供の詩論、1897年）
『Canti di Castelvecchio』（カステルヴェッキオの歌、1903年/最終版1906年）
『Poemi conviviali』（饗宴詩篇、1904年）
* 『Poemi del Risorgimento』（リソルジメント詩篇、1913年刊）

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