ジーリー

スティーヴン・バクスターによる「ジーリー」シリーズは、広大な宇宙を舞台にしたハードSFスペースオペラ作品群、および作中に登場する圧倒的な文明レベルを持つ超種族「ジーリー」を指します。

シリーズ概要

このシリーズは、宇宙誕生のビッグバンから始まり、最終的な宇宙の熱的死を経て、さらには「時間的無限大」と呼ばれる特異点まで、数十億年、あるいはそれ以上の超時間スケールで展開されます。物語の中心は、宇宙における人類の拡張と多様な異星種族との衝突です。登場する異種族としては、時空を自在に操るカルダシェフ・スケールタイプIV文明「ジーリー」、ダークマターで構成され恒星を捕食する「フォティーノ・バード」、集合精神を持つ水棲生命体「スクウィーム」、対流細胞を基盤とする「クアックス」、反射殻を持つ球体生物「シルバー・ゴースト」などが挙げられます。

また、極限環境に適応した人類の末裔も描かれます。これには、改造されたポストヒューマンが生活する中性子星の中心部（『フラックス』）、重力定数が桁違いに大きい異宇宙（『天の筏』）、あるいは真社会性を持つ人類集団（『コアレセント』）などが含まれます。

ジーリーの技術は、高度な理論物理学、エキゾチック物質、裸の特異点、時間的閉曲線、多元宇宙論、超先進的なコンピューティング、人工知能、超光速航法といった最先端の概念に基づいています。シリーズ全体を通して、過酷で未知なる宇宙での生存競争、戦争と軍事化が社会に与える影響、人類の生物学的・社会学的変容、そして実存主義や社会哲学といったテーマが深く掘り下げられています。

2018年時点で、シリーズは9冊の長編と53本の短編で構成されています。最初の4つの長編は、2010年に『Xeelee：An Omnibus』として、シリーズ全体を収録した電子書籍『Xeelee Sequence』は2016年に刊行されました。「デスティニーズチルドレン」三部作は、ジーリーシリーズの世界観を共有するサブシリーズとして位置づけられています。

創造の背景

バクスターが最初にジーリーのアイデアを考案したのは、1986年夏の短編執筆時でした。この作品は翌年「ジーリー・フラワー」として発表されます。その後、彼は深遠で神のごとき存在としてのジーリーのバックストーリーと、知的な種族に満ちた宇宙の基本設定を具体的に構築していきました。

作中での描写

作中のジーリーは、宇宙が誕生してから最初に現れた知性体であり、バリオン物質（通常の物質）宇宙において揺るぎない支配者として君臨しています。「ジーリー・クロニクル」と呼ばれる一連の作品では、人類文明が宇宙に進出し、異星種族の支配を受けつつも発展を遂げ、ついにはジーリーに匹敵する技術力を築いて対決に至るものの、最終的には敗北するという運命が、宇宙の開闢から終焉までを描く壮大な年代記として語られます。

ジーリーは人類を含む他の文明が到底及びもつかない超技術を有しており、他の種族はしばしば、ジーリーが宇宙に残した遺産を利用したり、技術を盗み出したりしながら覇権を争っていました。しかし、ジーリー自身はそうした「下等な」文明の争いには関心を払わず、宇宙誕生からの数百億年もの間、バリオン物質世界を脅かす文字通り「不倶戴天の宿敵」との生存をかけた戦いを繰り広げていたのです。

その宿敵とは、バリオン物質と対をなす暗黒物質世界の支配者、光子の超対称性粒子であるフォティーノを主体とする「フォティーノ・バード」でした。ジーリーは、このフォティーノ生命体が宇宙の寿命を縮めていることに気づきます。本来なら数十億年以上輝き続けるはずの恒星が、わずか数百万年で燃え尽き、宇宙全体の恒星が死滅の危機に瀕していたのです。フォティーノ・バードは生存のために冷えて安定した重力井戸を必要としており、恒星の進化に伴う巨星化や超新星爆発による重力場変動を避けるため、恒星内部の核融合反応を阻害していました。

フォティーノ・バードは銀河そのものを投射する「銀河ミサイル」を繰り出し、ジーリーはそれを破壊するために「宇宙ひも弾」で対抗しました。しかし、フォティーノ・バードはバリオン物質を基盤とするジーリーとは重力以外にほとんど相互作用せず、ジーリーの超技術をもってしても正面からの打倒は不可能でした。バリオン物質世界の崩壊が避けられない運命であることを悟ったジーリーは、「タイムシップ」を開発して200億年前の過去へ遡り、自らの進化過程に介入して壮大な事業に耐えられるよう自己改造を行います。その事業とは、宇宙の相転移で生じた線状欠陥である宇宙ひもを組み合わせ、直径1000万光年にも及ぶ巨大構造物「リング」を構築することでした。このリングは、中心にリング状の裸の特異点を生成することで、フォティーノ・バードの脅威が及ばない別の宇宙への脱出を図るためのものでした。

このリングは莫大な質量を持つため、周囲の銀河を引き寄せて物質を吸収していました。人類が宇宙を観測した際に発見した、銀河を吸い寄せる「グレート・アトラクター」の正体こそ、このリングだったのです。フォティーノ・バードの存在を知らない人類は、ジーリーと敵対し、その目的も分からずにリングの破壊を試みます。中性子星を砲弾として投射しますが果たせず、逆にジーリーによって滅ぼされてしまいます。リングはジーリーが別宇宙へ脱出した後にフォティーノ・バードによって破壊され、このバリオン物質世界ではやがて星の輝きも消え、冷たく空虚な空間が広がることになります。

特徴的なテクノロジー

ジーリーは時間と空間の操作に長けています。彼らの宇宙船「ナイトファイター」は、パウリの排他原理に反する特異な構造を持つ物質から作られています。この素材は極めて薄く、鋭く、硬く、透明でありながら、独特の時空構造によって奇妙な重力効果を発揮します。

• - ナイトファイター: ジーリーの宇宙船。カエデの種子に似た漆黒の形状を持ち、位相欠陥、宇宙ひも、磁壁で構成されます。不連続ドライブやハイパードライブで航行し、「スターブレイカー」を武装としています。
• - ジーリーの建築素材: 陽子一個分の厚さでグラスウール程度の密度という特異な物質。電子が量子状態を共有できるなど、パウリの排他原理に反する性質を持ち、「ジーリー・フラワー」によって生成されます。
• - スターブレイカー: ジーリーの武器や道具。コヒーレントな重力波ビームで、リング周辺の船やナイトファイターから発せられる赤く細い光として描写されます。短編ではピストル型の装置としても描かれ、粒子加速によって機能することが示唆されています。
• - 角砂糖: 現在から約400万年後のリング完成時期に、ジーリーが200億年前の過去へ戻るために建造した数百個の巨大な立方体タイムマシン。一辺が数千から数万キロメートルにも及びます。反粒子で構成され、時間を逆行する機能を持つとされます。これを用いてジーリーは過去へ遡り、自らの進化を意識的に制御し、壮大なプロジェクトを実行します。
• - アンチ・ジーリー: プロジェクト全体、特に角砂糖を用いたタイムトラベルを管理するためにジーリーが生み出した、量子波意識を持つ超知性体。名前は粒子/反粒子のようにジーリーと対をなす存在であることを示唆しており、因果の円環を閉じる重要な役割を果たします。
• - リング: ジーリー最大の建造物であり、バリオン物質で構成された構造物としては宇宙最大級。宇宙ひもの巨大なループから成り、数百万光年の幅を持ち、光速に近い速度で回転します。その中心にはリング状特異点が形成され、別宇宙への脱出ゲートとして機能しました。

主な作品（一部抜粋）

• - 1991年 『天の筏』
• - 1992年 『時間的無限大』
• - 1993年 『フラックス』
• - 1994年 『虚空のリング』
• - 短編集 『プランク・ゼロ』 / 『真空ダイヤグラム』 (原書一冊を分冊)

（デスティニーズチルドレン三部作）

• - 2003年 『コアレセント』
• - 2004年 『イグザルタント』
• - 2005年 『トランセンデント』

評価

SF作家のポール・J・マコーリイは、バクスターのこのシリーズを高く評価しています。彼は、バクスターが時間と空間の広大さ、そしてその非人間的なスケールに真正面から向き合い、生命の普遍性をオラフ・ステープルドン的な宇宙論の枠組みの中で描き切っている点を称賛しました。シリーズは、宇宙論、量子力学、異星生物学といった最先端の科学概念を探求しつつ、多様なエイリアンや奇妙な環境で生きる人間たちの物語を紡ぎ出します。バロック的なスペースオペラの過剰さの中に、科学的なアイデアと想像力を豊かに織り交ぜ、驚異感と形而上学的なめまいをもたらすスケールの反転が特徴的だと述べています。物語は個人を超えた宇宙的なスケールで展開され、読者に深い問いかけを投げかけます。

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