スザンナと長老たち (ティントレット)

ティントレットの傑作『スザンナと長老たち』

『スザンナと長老たち』（伊: Susanna e i vecchioni, 英: Susanna and the Elders）は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する巨匠、ティントレットが1555年から1556年にかけて制作した油彩作品です。この絵画は、『スザンナの水浴』とも呼ばれ、旧約聖書の「ダニエル書」に記されたスザンナの物語を主題としています。大胆な構図とポーズ、官能的な表現、そして明暗法を効果的に用いた本作は、後期マニエリスムの典型的な作風を示すとともに、ティントレットの傑作の一つとして高く評価されています。

ローマのコロンナ・ギャラリーに所蔵されている神話画『ナルキッソス』とほぼ同じサイズであり、対作品として制作されたと考えられています。2006年の修復で、表面を覆っていた変色したニスが除去されましたが、背景の暗さが際立つ結果となりました。現在は、オーストリアのウィーン美術史美術館に所蔵されています。

物語の背景

物語の主人公であるスザンナは、裕福な夫ヨアキムの貞淑な妻でした。彼女は毎日、庭の泉で水浴びをする習慣がありました。しかし、町の有力者である2人の長老がスザンナの美しさに目を付け、彼女に言い寄る機会を狙っていました。ある日、スザンナが召使に戸口を固く締めさせて水浴びを始めたところ、長老たちは召使たちがいない隙を突いて現れ、彼女を脅迫し関係を迫りました。スザンナはこれを拒否したため、長老たちは姦淫の罪を着せ、処刑しようとしました。しかし、ダニエルという少年が長老たちの嘘を見抜き、スザンナは救われたという物語です。

作品の詳細

ティントレットは、水浴を終え、泉から上がろうとするスザンナの姿を描いています。彼女の左足はまだ水の中にあり、右足を布で拭いながら、岸辺に置かれた鏡を見つめています。周囲には白い絹のショール、櫛、真珠のネックレス、指輪などの宝飾品や銀器が散りばめられています。スザンナは水浴の邪魔になるものや、失くしやすい小さな宝飾品を外していますが、イヤリングや金のブレスレットは身につけたままです。

一方、2人の長老は滑稽ともいえる姿で描かれています。彼らはバラの生垣に身を隠し、スザンナの裸体を覗き見ています。一人は画面の奥に、もう一人は手前に描かれており、鑑賞者には老人の禿げ上がった頭頂部が突き出ているように見えます。この描写は、長老たちの卑しさを際立たせています。

ティントレットは、この作品以外にもスザンナを主題とした作品を制作しています。例えば、パリのルーブル美術館所蔵の作品や、ワシントンのナショナル・ギャラリー所蔵の作品がありますが、これらの作品では長老たちは背景に並んで描かれているのに対し、本作ではスザンナを挟んで三角形を形成するように配置されています。また、画面左側を区切る生垣は奥行きを出し、長老たちが身を隠すための舞台装置としての役割を果たしています。

スザンナの白い裸体は、生垣や背後の木々、そして泉の暗い色彩と鮮やかな対比を成しています。ティントレットは、この明暗の効果を巧みに利用し、作品に劇的な雰囲気を加えています。特に、スザンナの前に置かれた鏡は、彼女の裸体の白さやイヤリングの輝きを強調し、明暗のコントラストを際立たせる役割を担っています。

画面には、カササギ、アヒル、水を飲むシカなど、様々な動物や静物が描かれています。これらのモチーフは、それぞれ象徴的な意味を持っており、物語のメッセージを補強しています。例えば、カササギは悪意のある噂、アヒルは忠実さ、水を飲むシカは渇望を、鏡は賢明や真実を象徴しています。

来歴

この作品は、1648年にティントレットの伝記作家としても知られる画家カルロ・リドルフィによって、ヴェネチアの画家ニコラ・レニエが所有していたと記録されていますが、それ以前の来歴については不明です。1677年には、聖マルコ大聖堂の音楽監督だったジョヴァンニ・ロエッタが所有していましたが、1712年にはウィーンに移され、美術史美術館の設立とともに同美術館の所蔵となりました。

他のバージョン

ティントレットは、本作品以外にもスザンナをテーマにした作品を複数制作しています。パリのルーブル美術館、マドリードのプラド美術館、ワシントンのナショナル・ギャラリーにそれぞれ所蔵されている他、個人コレクションにも存在が確認されています。ルーブル美術館版はルイ14世のコレクションであったものが、1684年に購入されたものです。プラド美術館版は、ベラスケスが2度目のイタリア旅行の際に購入し、スペインに持ち帰ったもので、ティツィアーノの丸天井を飾るのに用いられました。ナショナル・ギャラリー版は晩年の作品で、工房作ないし画家の息子ドメニコ・ティントレットの作品とする説もあります。

ティントレットの『スザンナと長老たち』は、そのドラマチックな構図、官能的な表現、そして深い象徴性によって、今日でも多くの人々を魅了し続けています。

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